狂泉物語 小松弘愛詩集

f:id:bookface:20170626222732j:plain

 1980年10月、混沌社から刊行された小松弘愛(1934~)の第三詩集(写真はカバー欠)。挿画は片木太郎、装幀は片岡文雄、写植は大家正志。第30回H氏賞受賞。

 

「狂泉物語」二〇編に登場する「私」とは何者だろう。「私」の思考や行為が、現実の私と重なっていることもあるが、そうでない場合も多い。これは、個々の作品における、仮構性のことを言っているのではない。
 私の周囲にはさまざまな人間がいる。苦しんでいる人間も多い。私は、その苦しみを共有することは、まずできない。他人の苦しみを自分の苦しみとして、「共苦」の域にまで自らを追い込むことはむつかしい。
 しかし、時には、他人の不幸を、あるいあh他人に加えられる迫害を、自分のそれとして考えざるを得ない、行動せざるを得ない、という場に立たされることがある。私が、他人の事件をも、「私」という一人称で書いたのは、こういう時である。書きすすめながら、私の問題は、当然のことながら「私」がでおこまで他者に近づくことができるか、ということであった。
 ――しかし、結局は、他者に仮託しながら、自分のなかの何かを執拗に語る、ということになっているように思われる。これは、自然のなりゆきであり、。わかりきったことかもしれない。「狂泉物語」の「私」とは、すべて私のことである。
 それにしても、この二〇編は、詩と呼ばれるものになっているのだろうか。いくつかの散文詩編も読んでみたが、私の作品が、そこに述べられている「詩」に該当するかどうか、私には心もとない。「狂泉物語」――これは、「狂泉」という「私」の世界へ収斂されてゆく、一つの物語群のようなものであろう。
 なお、収録作品は「兆」「開花期」「作品」「銀河地帯」「日本詩人」「高知新聞」等の誌紙に発表したものである。

(「後記」より)

 

 

目次

  • ナフタリン
  • 調教
  • 希望
  • 蓮根
  • 伝説
  • 処女水
  • 車輪
  • 分類
  • 踏絵
  • 神話
  • 雨期
  • 焼却炉
  • ドライフラワー
  • L釘
  • 狂泉

NDLで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

夢の家 瀬沼孝彰詩集

f:id:bookface:20170626203547j:plain

 1997年8月、七月堂から刊行された瀬沼孝彰(1954~1996)の第4詩集。

 

 この詩集は瀬沼孝彰の第四詩集である。彼はすでに、三冊の詩集を出している。第一詩集は『小田さんの家』、一九八八年一〇月、七月堂刊、第二詩集の「ナイト・ハイキング』はそれから、四年後の一九九二年一〇月、ミッドナイト・プレス刊、そして、第三詩集、『凍えた耳』は、昨年、一九九六年六月、ふらんす堂刊である。この詩集はそれに続く、彼の第四詩集であり、かれの意図した最後の詩集である。
 と、いうのは瀬沼さんが交通事故で亡くなってしまったからである。昨年の八月一八王子の彼の自宅近くの甲州街道を自転車で横断中、ほぼ、渡りきったかと思われたところで、グリルガード付きの四輪駆動のRV車にはねられ、そのまま、ほぼ即死に近い状態となり、運び込まれた、八王子の医療施設のICUで、二八日の午前二時半過ぎ、息をひきとった。
 事故現場は京王八王子駅から横の道をぬけて甲州街道につきあたったところで、その付近の街道一帯が街路樹とその下に造られた花壇のブロックで、横断歩道以外は向こう側に渡れなくなっていたのに、そこだけが向かいに南多摩高校の正門があるため、ブロックが途切れ、車が見えないとき、自転車はそこを渡っていた。瀬沼さんもたぶん、自宅へ帰るとき、いままでに、何百回となく、そこを渡っていたと思う。
(「『夢の家』の刊行にあたって 倉尾勉」より)

 

 

目次

Ⅰ 不帰郷

  • 不帰郷
  • 祈願
  • 鬼面
  • 夢の家
  • 月の川
  • 川のひと
  • 川のうた
  • 春のうた
  • おくりもの
  • 波動の寺
  • 山のひと
  • 木の少年
  • 日の川

Ⅱ 裸のこころ

  • 鬼の戦車
  • 橋の女
  • 木の少年
  • 夜のくつ
  • 裸のこころ
  • 風の子供
  • ゲームセンターの空から
  • 手作りの椅子

Ⅲ 東京・コーリン

Ⅳ ガレージ・ランド

  • ミッドナイト・レイヴァース
  • バビロン稼業
  • ガレージ・ランド
  • アルカディア
  • 焚火
  • 小田さんの庭
  • わたしの東京タワー
  • うめのはな
  • 森の郵便局

編集後記
 井上浩治
 梅田智江
 倉尾勉

付 著者作画「夢の家」


NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

解説

詩人・瀬沼孝彰を悼む(山田晴通)

 

DEEP PURPLE 瀬尾育生詩集

f:id:bookface:20170625225736j:plain

 1995年10月、思潮社から刊行された瀬尾育生(1948~)の第5詩集。第26回高見順賞受賞。

 これが、私がこの七年間に書いた詩のすべてである。私の中心で私自身として、波のように打ち返されているものがあってもそれは私のものではなく、つぎつぎと私の名で呼ばれ、ふりかえるものがあってもそれは私のものではなく、何度その名を言いあてられても、別の命名を呼び寄せながら回帰してくる姿があってもそれは私のものではなく、しかし、それが「自分」だ。「自分」からゆっくりと返ってくる答えを待ち続けるような時間が流れた。いくるかの刻み目と、そういってよければいくつかの奇跡が、私の手のなかに残された。

『現代詩文庫107 瀬尾育生詩集』に未刊詩集「DEEP PURPLE」として収められたものに、その後書かれた六篇を加えて一巻とした。

(「後記)より)

 

目次

  • 月蝕
  • 趨性
  • 中世
  • 白粉
  • 緑色
  • 土星
  • 北海
  • 多数
  • 二時
  • 欧州
  • 棲家
  • 労働者
  • 解纜
  • グローデク
  • 棘皮
  • 数年
  • 口述
  • 交換
  • 耳鳴

NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

濾過器 柴田千秋詩集

f:id:bookface:20170625202810j:plain

 1989年5月、思潮社からラ・メール選書の1冊として刊行された柴田千秋(千晶)の第2詩集。第5回ラ・メール新人賞を受賞。

 

 あの冬、私が出逢った愛は、はじめる前から壊れてしまっていた。私はただあきらめるためにだけ、その愛をあじめていた。
 愛はいつか終るものだと思っていた。私たちはいつかだれかがこの愛に、答えを出すものだとばかり思っていた。けれどそれが終らないとわかった時、私は自分で終らせていた。

 私の中の混沌とした愛を、私という濾過器にかけて浄化させたかった。かつて私が通過したいくつかの愛のようなものたち、それらはみな一つの愛を浄化させるための、フィルターだったような気がする。

 幾度目かの冬が過ぎて漏斗が空になった頃、ビーカーの底には透明な液体が溜っていた。

 愛に答えはなかった。私たちにはただ四年という、それぞれの愛の日々が在っただけだ。
 最後にフィルターの上に残ったのは、私という物体だった。私はこれからこの物体を、少しずつ消滅させてゆこうと考えている。

 肉体が滅びたあとに残るものはなんだろう。愛だろうか? すべてが消えたあとに残るもの、もしそれが言葉だったとしたら。もしそれが一つの詩だったとしたら……。それこそが、私が本当に書きたかった詩なのかもしれない。
 その時、私が書き続けてきた長い物語はようやく完成する。そして私はその物語の最後を、けっして読むことはない。

(「濾過器」覚え書より)

 

目次

Ⅰ 濾紙

  • 青い獣たち
  • 父たち
  • 発芽
  • 目覚め
  • やわらかい爪
  • 散歩

Ⅱ 濾液

  • 輝く丘
  • 鳥影
  • 火傷
  • 放火
  • 水族館
  • 燃える鳥
  • 女たちの家
  • 弔い
  • 家族たち
  • 地下茎
  • 回復期
  • 夏の終り
  • 書物

Ⅲ 残滓

  • 赤い靴
  • ルナ
  • 迷宮
  • 未刊詩集
  • 博物館

NDLで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

連作・志摩 ひかりへの旅 稲葉真弓詩集

f:id:bookface:20170625165049j:plain

 2014年3月、港の人から刊行された稲葉真弓の第4詩集。

 

「母音の川」から十二年ぶりの詩集となった。
 小説を書く合間合間に、詩の言葉が水滴のように私のなかに溜まり、それが滴る水のように言葉となって降りそそぐ瞬間を、至福の時として味わった。書き下ろしが多いのは、この不意打ちのような言葉たちの訪れによるもの。書き溜めることの喜びと書かずにはいられない衝動とが一体となって、その都度私は”内なる詩”と出会っていた気がする。
 タイトルに「連作・志摩」とあるのは、詩編の多くが志摩半島に関するものであり、そこでの生活が基となっているからである。年中柔らかな光に覆われた半島の隅々を、目に見えないものたち、摑み得ないものたちが絶えず通り過ぎる。その瞬間、光はなにか生き生きした、そして艶めかしいものとなって私の身体にまといつく。土地の光や空気は私にとって、半島でのもうひとつの衣服のようなものであった。
 その衣服を着てこの詩集と向き合うとき、半島の鳥の羽ばたき、小さな植物たちも一緒に輝く。

(「後記」より)

 

目次

Ⅰ 志摩 春から夏へ

  • 雨の半島
  • 神楽の春
  • ひかりへの旅
  • しりとり――spring way
  • あと百年
  • シャララ 夕陽が落ちる
  • ヤマツツジの丘が燃えている
  • 真昼の月
  • あのタヌキ
  • 蛍への伝言
  • 夏の松明
  • 水晶の枕
  • 夏の暦
  • 夏送り

Ⅱ ネヴァー・ネヴァーランド

  • 猫くらいの愛
  • 春の挨拶――Yへ
  • ぐずついた一日
  • 帰り道
  • 台所の海
  • トウキョウガホロビテモ
  • 遠い窓辺
  • 昔、アカシア
  • 夜の鳥図譜
  • 名の生誕
  • メノウ――水の夢
  • ルーシーの青空――サイレンス
  • 死都ブリュージュの水
  • どこにも閉じたところがない夜に
  • 呼び交わすもの
  • ネヴァー・ネヴァーランド

Ⅲ 志摩 秋からひかりへ

  • リアス・リアス
  • まぼろしの馬
  • 秋のうた
  • 渡りのものへ
  • カラスの巣の下で
  • R=残酷な食卓
  • 貝の奈落
  • その種族
  • 海への供物
  • 冬の旅
  • 虚無の岸辺はどこまでも
  • 鳥を呼ぶ日
  • ある夜の音
  • 母は舟のように
  • 金色の午後のこと

NDLで検索
Amazonで検索

書評

稲葉真弓さんのご逝去を悼んで(詩集『連作・志摩 ひかりへの旅』評)文月悠光
稲葉真弓氏の遺稿詩集、震災犠牲者へ祈り(日本経済新聞)

望楼 粒来哲蔵詩集

f:id:bookface:20170625110507j:plain

1977年10月、花神社から刊行された粒来哲蔵(1928~)の第4詩集。第8回高見順賞受賞。

 

 春と夏の、僅かばかりの日数の島暮らしも、十年以上もの年月がたってみると、私をまごうかたない島人に仕上げてくれた。竿を担いで、山小屋というか海小屋というかちょっと名付け用のない小屋を出ると、島をサイクリングする都会の若者たちにたちまちつかまってしまう。カレラハ私に道をたずね、カメラを向ける。庄内笠にジンベエという出で立ちにも因るのだろうが、もう顔のなりが島人のそれに近づいているのだ。
 下根崎から釣糸を垂れると、うねりが一気に糸をくわえこみ、また吐き出してくれる。竿の先がそのたびに上下するのだが、それは海に対する絶え間ない虞れと畏みをあらわす辞儀のようにも思われる、と同時に、釣糸と竿と私の一体化した存在は、海と引き合い、海の受容と拒否に呼応することで、直かにその性を感じとる。その巨きな性のたかまりが波しぶきとなって私を襲うと、私の存在は釣糸ごと震えるが、釣座を動くわけではない。水滴のついた眼鏡ごしに私は竿頭を見る。竿頭のむこうに、鳶の舞う空が在る。
 この詩集の、島に関する作品は、私が島を離れてから書かれた。原形はこの島だが、勿論作品の島は、私の内と外のはざまにある。(「あとがき」より)

 
目次

望楼

  • 望楼

島幻記

  • 島・fragments
  • 島における二十七章
  • 島幻記
  • 島におけるcomposition

夜明けと変容

  • 夜明けと変容
  • 商賣伝説
  • 伝説
  • 雪のある四章

loop drive

  • 匕首
  • 倉浜幻想
  • loop drive

 

NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索

平凡 井川博年詩集

f:id:bookface:20170625014623j:plain

 2010年8月、思潮社から刊行された井川博年の第9詩集。

 この詩集のタイトルとなった『平凡』は、もとより二葉亭四迷の「平凡」からとったものです。二葉亭にかぎらず今回は、林芙美子尾崎翠に始まって、小泉八雲石川啄木、生田春月、佐藤春夫と、とっくの昔に死んだ詩人のオンパレードです。意図した訳ではなく好きな詩人を追っかけているうちに、こういうことになりました。
 しかし子供の頃から読んでいた啄木や八雲ばかりでなく、最近読んだといっていい林芙美子尾崎翠も、いずれの人たちも、すべて私に、「文学とはなにか」、「人生いかに生きるか」を教えてくれた大恩人たちです。私はこれらの人たちから、生きるすべてを学んだといっていい。今回の詩集では、そのことに対する私からの感謝の気持ちを伝えたかったのです。
 それと同時に、これら先人たちの書いたものにフレ、それへの一方的な会話(私の独り言)を書くことによって、私の中にあった、いろいろな「しがらみ」から解放されたことも事実です。しかも、これらの人たちが居るならば、私を愛してくれた(である)父母や、多くの友達が居るならば、死ぬこともこわくない、ような気分になりました。またすぐ気が変わるにちがいありませんが……(「あとがき」より)


目次

  • 芙美子さん、翠さん
  • 下馬物語
  • バスに乗って
  • 村の製材所
  • 朝寝坊
  • 九官鳥
  • 秋の寺
  • 語らい
  • 雀の朝
  • 八つ当たり
  • つつがなきや
  • ちんどん屋
  • つつがなきや2
  • 那須への手紙
  • われわれはみなマイナー・ポエットである
  • 渋民村
  • 八雲の耳
  • 母の眼鏡
  • 湯気を見ながら
  • 佐藤春夫」の服

NDLで検索
Amazonで検索

 

紹介記事
「情けない」詩人の非凡 井川博年の新作詩集、哀歓深く(朝日新聞)