琥珀の町 稲葉真弓

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 1991年2月、河出書房から刊行された稲葉真弓(1950~2014)の第2著作集。表題作は第104回芥川賞候補作。挿画は著者、装幀は菊地信義

 

 東京湾に近いが、決して新しいとは言えない街に住むようになって八年余……初めて埋立地や、湾岸の工場街にまぎれこんだときのひどく空虚な感じをしばしば思い出す。同時にそれらは、広い地平線のあるひなびた町で育った私にとって、どこか似通った懐かしく穏やかな風景でもあった。
 よく東京タワーに上った。都市の匂いや地の形、からんとした空の色などが、晴れた日も曇った日も私を呼ぶようで、暇さえあれば部屋を出て、都心を歩き、人気のない路地にまぎれこみ、果てはタワーの上からぼんやりと下の街の明かりを眺めたものだ。
 都市は、増殖しつづけるオブジェである。変容や浸食や消滅や再生をあらかじめ認知した生きたオブジェ……。私は私の目に見えた都市と、そこに視線を預けた人々を描くことで、この街にいる自分自身の感触をたしかめたかったのかもしれない。
 この本は二冊目の小説集になる。最初の本との間にはおよそ十年にわたるブランクがある。十年近く、思うように書けなかった日々のことを考えると、無様な自分ばかりを思い出すけれども、ただその間も、ひたすら街を歩き、いつか書けるかもしれない小説”のことを考え続けていたような気がする。

(「あとがき」より)

 

目次

  • バラの彷徨
  • 眠る船
  • 溶の行方
  • 火鉢を抱く
  • 琥珀の町

あとがき

 

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