1976年11月、たいまつ社から刊行された川崎彰彦のエッセイ集。挿画は鵜川五郎、装幀は藤堂修。
きょねんのこと、大阪での年少の友人である高村三郎君が、どういうわけか、私が折り折りの小冊子のもとめに応じて書き散らした函館に関する文章を集めて本にしようと言いだし、みずからガリ版を切り、ローラーを押し、丁合いをやり、『私の函館地図』という本を二百部つくってくれた。これは、自慢ではないが、わりと売れた。といっても二百部の枠内での話であるが。
こんど、たいまつ社が絵のはいった活字の本で増補改訂版を出してくれることになり、うれしくはあるが、ねぼけまなこのまま明るいところへ引き出されたようで面映ゆい。
ここに集められた小さな文章の群れは、二十代から三十代にかけての十年間を函館で暮らした私の、函館への私的な挨拶状にすぎない。読み返してみると、酒ばかり飲んでいたようである。その状態は、大阪で暮らしているいまも、すこしも変わっていない。そんな男の書いたものが、いくらかでも普遍性をもちうるとすれば、それは函館という古い開港場と、そこに住み続けてきた人々の独特の魅力――気位の高い開放性といったようなものに負うているだろう。
たいまつ社版が出るに当たってなによりうれしいのは、函館という名前はなくても函館のおもかげのある愛すべき作品をいくつも書いてこられた長谷川四郎さんから文がいただけたこと、函館近郊に住む猛禽のような画家・鵜川五郎さんが新たに取材をして絵を描いてくださったことだ。これらによって、私の地図は光彩を得た。
ガリ版では、巻末に函館でのサークル体験の記録をおさめていたが、これは省き、かわりに、この夏、九年ぶりにおとずれた函館の印象記を入れた。「わが函館戦記」「おでん屋の須田さん」も旧版にはなかったものである。
(「あとがき」より)
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