1971年1月、風社から刊行された小林富子の第1詩集。
老いてなお詩を書く、という生き方の姿勢がわたしは好きだ。が、さて自分をその場に据えてみるとひと筋に詩を書いてこられた方とはちがって、わたしは謂わば素人で、六十の手習いのたどたどしさが誰よりも先ず自分で解ってしまうものだから、気恥しさの方がつい先に立つ。
書いていこうと思って詩を書きはじめてから五年たった。若い頃一、二年詩らしいものを書いていたことはあったが、それはおおかたが取りつかれる熱病みたいなもので勘定に入れるわけにはいくまい。今度思い切って詩集を出したのは自分で決めた気持にこの辺で楔を打っておきたかったからで、そうでもしないと意志の弱いわたしは折角の決心を、ひとのおもわくや日々の雑用のためにいつ捨ててしまうか自信が持てないからである。下手でみっともないのは承知の上で、あえて自分へ指切りをした。こつこつ書いていこうと思う。
作品にお茶にかかわるものが多いのは、くらしの中にそれが入り込んでいるためかもしれない。しかしなが年親しんで知っていたつもりの世界がほんとうに見えてきたのはついこの頃で、日本人のお洒落の極みと思われる場所の磨き抜かれた空間が遠くからわたしを誘う。
この詩集を上梓するにあたって村野四郎先生に深くお礼を申上げたい。先生にはげまして頂くことがなかったら、わたしは老いて詩を書こうとする勇気を持ち得なかったと思う。
(「あとがき」より)
目次
・松風一茶のかたわらで
- 点前
- 雨漏堅手
- 後座
- 朱袱紗
- 茶杓 新涼
- 雪
- 留石
- 陶
・にがい五月
- 夜のために
- 零
- 曲り角
- 寒い唇
- 淵へ
- 日暮の坂で
- にがい五月
・黄昏のなかで
- 坂
- 黄昏のなかで
- 夜の窓
- 壊れた耳