虹 藤井重夫

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 1965年9月、文藝春秋新社から刊行された藤井重夫の短編小説集。表題作は第53回直木賞受賞作品。装幀は田村孝之介。

 

 ここに収めた四つの作品は、発表順が、
 『風土』「新潮」26年2月号
 『世染』「文学十人」23年6月創刊号
 『善界』(「文学十人」23年2月第三号
 『虹』(「作家」40年4月号)
 と、なっている。
 発表した年月や、発表誌は異るが、いずれも大阪モノであり、『風土』『虹』と『善界』の三一つは、大阪の新世界の一隅にあるジャンジャン横丁を舞台にしている。
 この三つの作品には、

 その街をよく知っている人たちは
   この話を信じまいけれど
 その街を少しも知らない人たちは
   この話を信じないでくれ

 というおなじ題詞を、それぞれにつけた。
 年少から大阪の街を愛し、とりわけ私は、新世界が好きだった。
 かぞえ年で、はたちのとき、私は遊学の目的ではじめて東京の土をふみ、三田の慶大館という学生下宿で暮した。浅草の灯にはなじめたが、銀座はよそよそしく、私はしきりに大阪の街を想った。
 兵隊で足かけ四年、特派員でほぼ二年。中支や南の戦場で、タマの下をくぐっているときも、しばしば私は大阪への郷愁にとらわれた。題詞のおわりに、Mein Marchen(わたしのお伽ばなし)とつけたとおり、これら三つの作品は、ジャンジャン横丁に寄せる私の、郷愁のうたである。
『風土』のジミイも寛太も留さんも、また『虹』のカズヒコ、順一、儀ィやん、丹波、スズキ・エイジこと松本老巡査や大学生の井野君、さらに『善界』の他アやん、八掛見の高山象山、串カツ屋の角兵エ…たち、だれひとり生きたモデルはなく、私のなかで生まれ育って、それぞれ一人だちした、文字どおり私の血肉をわけた親しい連中ばかりである。さまざまな挿話風のできごとも、まったくの虚構(フィクション)である。
 『世染』は、せせん、と読んで頂く。世塵あるいは世俗といったほどの意味である。尾田参之助が、織田作之助であることは、すぐに気づかれるだろう。矢村崇や辻沢先生が、高名な俳優であり作家であることも、たやすくわかるはずだが、これはモデル小説である。単なるモデル小説にしたくなかったので、ⅠⅡⅢと順を追って、それぞれの人物が一人称で語りかけるうちに、しだいに物語の全貌が浮かびあがる、という手法をとった。これは、成功しているとおもう。
 ――大阪を第二のふるさとだとおもっている私には、私の大阪モノ四つが、ここで一堂に会し、直木賞受賞『虹』を中心に、一本に成ったことが、たいへんうれしい。
(「あとがき」より)

 

目次

  • 風土
  • 善界
  • 世染

あとがき


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