亡霊の言葉 怪奇推理小説  火野葦平

f:id:bookface:20180817192723j:plain

 1958年7月、五月書房から刊行された火野葦平の短編集。装幀は滝平二郎。画像は裸本。

 

 私は探偵小説が好きである。三十年ほども前、早稲田の学生であったころ、エドガア・アラン・ポオを耽読し、卒業論文にはポオを書くことにしていた。「シェアラザードの一千二夜目の物語」他、数篇を訳したこともある。しかしポオの作品のうちでも、「モルグ街の殺人事件」や「盗まれた手紙」などのような、いわば探偵小説としてのオーソドックスな作品よりも、私は、「赤き死の仮面」「アッシャー家の没落」「黒猫」などのような、神秘的な雰囲気のある、怪奇小説の方に魅力を感じていた。その後、佐藤春夫氏に傾倒するようになると、「指紋」に熱をあげてしまい、何十度読んだかわからない。「指紋」の中には、ポオの作品中のウイリアム・ウイルスンが出て来るので、佐藤先生もポオの愛読者なのであろうと思った。ホフマンも同様の意味で熟読した。自分も書いてみようと思い、学生時代友人たちと興した同人雑誌「街」の創刊号に「狂人」という探偵小説を発表した。連日、トリックを考えたり、暗号作りに没頭したりしたこともある。日本の作家の作品も、江戸川乱歩氏をはじめ、愛読した。
 この本に集められている作品は、終戦後、書いたものばかりである。いずれも百枚前後の中篇だが、普通の意味の探偵小説や推理小説とはいくらかちがって、やはり怪奇的な雰囲気がつきまとっている。また、「亡霊の言葉」は戦争と人間とがテーマになり、「深夜の虹」は、こういう形で、芸術と人間とのテーマを追求してみようと考えたのである。「日本アラビアン・ナイト」は、シェアラザード姫が一千一夜の話をする形式を日本に持って来て、恋愛と人間とのテーマを展開してみたのだ。むろん、むずかしい小説を書こうとしたわけではなく、なによりも、面白い作品にしたいと思ったのであるが、やはり、私流の探偵小説になった。どれにも殺人事件があるが、名探偵が登場して、快刀乱麻を断つように、解決するという風にはなっていない。探偵小説だからといって、なにも、探偵が出て来なければならないということはないと私は考えていて、探偵の出て来ない、しかし、謎ときの面白さと、スリルとがあり、神秘と、怪奇と、そして、生きている人間が出て来る探偵小説を書きたいと考えていた。この三つの作品は、その実験である。私の他の多くの作品と同様、舞台はいずれも北九州になっている。書きたいテーマは持っているので、久しぶりに、近く、すこし長い探偵小説を書いてみたいと考えている。また、長篇推理小説を書いてみたい気持もある。いずれにしろ、この一巻は、私の好きな作品ばかりだ。
(「はじめに」より)


目次

はじめに


NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索