1970年9月、白川書院から刊行された金澤一の第1詩集。装幀は棟方志功。丸山薫に師事。
金澤一とのつきあいは、彼がまだ小學館にいた頃、編集者と執筆者という立場で始まった。昭和十七年「四季」新年號所載の彼の詩「慈悲」は、私とのそうした相識理解の結果だったと思われる。いや、そんな言い方は明らかに間違っている。というのは彼こそその當時の「四季」や「コギト」の熱烈な共鳴者であって、如上の事すべては抒情詩の傳統を固守支援する彼のパッションから發していたからだ。
彼は詩一篇を「四季」へ寄稿した直後、應召によって中支戦線の弾雨の中を五年間轉戦して歸還した。その後、京都の「詩季」を中心とする詩作活動は臼井喜之介の解説につまびらかなので、私など語る餘地もない。唯集英社の仕事の打ち合せで二十餘年ぶりで顔を合わした時には、出版部長の地位にある彼を發見して、實務上のその精勤格勤ぶりが想像された。
「はぐれたる愛の歌」はおそらく齢五十に達した彼の處女詩集であり、戦前から現在までの自作詩の集大成でもあろう。詩集名の「はぐれた愛」の對称がなんぴとなのかは詩人個人の心に在ることなので知る由もないが、それが戦争や現實との格闘のために、昂揚すべくして機を失した自己の抒情の暗喩と受けとってもいいように私には思われる。四部から成る集中、Ⅱの部に回想の形で収められた戦場の詩数篇とⅢの部の中近東旅行所感の諸篇に、題材的にも技法的にも前進の姿勢を示していて最も心打たれた。その他ⅠとⅡの部の大半、初期の作品を集めたⅣの部は、それらの詩を裏付ける詩精神のふる郷を語る役目を果しているところに意義をもつ。
この詩集一巻の刊行によって、はぐれた本来の自己とめぐり會えた金澤一の歓びに関して、私は心から拍手を贈りたい。
(「序文/丸山薫」より)
目次
序文 丸山薫
Ⅰふるさとの雪
- ふるさとの雪
- その人
- 夜がさびしく降りてくると
- 落日は
- 風に寄せて
- Ⅰ朝に
- Ⅱ夜に
- 海
- 郭公の声は憂愁をこめて
- 母親
- 眠れない夜に
- 歓喜
Ⅱはぐれたる愛の歌
Ⅲ中近東の春
Ⅳ拾遺(一九三九~一九四三)
- 慈悲
- 心に触れるには
- この響
- 曙光
- 夕風の中に
- 色ふかき夜は
「はぐれたる愛の歌」に寄せて 臼井喜之介
あとがき