アハバール・アラビーヤ 田中恭美詩集

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 1965年11月、思潮社から刊行された田中恭美(1937~)の第1詩集。

 

 田中恭美さんが、一年ほどまえのある日突然同人になりたいと言ってきた。そこで、同人会へ来てもらって、みんなで作品を見せてもらったり、詩についての意見をきいたりして、つぎの月から同人に加わったのであった。
 アラビアのことばかり書いた詩を何篇か提示されたのには、みんなちよっとびっくりした。このひとは、アラビアで生活したことのあるひとなのか、と思ったものもあったくらいである。きいてみると、アラビアには行ったことは一度もないという。行ったことも見たこともないアラビアというものを通して、かの女はかの女自身を書いているのである。
 そのような執心をもつようになったのは、トオマス・E・ローレンスの資料あつめからはじまっているという。<アラビアのローレンス>という人間像は、だれでも若いときには情景をさそわれるものであろう。私もその伝記には胸をおどらせた記憶がある。その智慧の柱にささえられた澄んだ情熱は、私たちの青春をもたせかけるのにまことにふさわしいものかもしれない。田中恭美さんは、探していた鉱脈を掘りあてたように、ここにつるはしを打ちこんだのであろう。そしてとりつかれてしまったのである。
 私たちのところへ来るまえにも、かの女はかなり長い詩作の経験をもっていたのだが、かの女の詩には、これといってだれかの影響のようなものはほとんど見られない。まことに独自なものである。発想・表現・姿態ともにかの女ひとりのものである。そしてまわりを見まわすということも余りしない。純粋とも言えるし、ひたむきとも言えるし、またそれがかの女の世界を展げるじゃまになっているとも言えるだろう。この詩集の上梓によって、かの女がそこから噴っ切れて、もっとひろい砂原へとび出してゆく契機となることを私たちは切に期待している。
 田中恭美は、アラビアから出発する。地球のはるかかなたの黒い世界から、東洋の皮膚と日本の言葉で出航する。その航路はどのようなものになるか、こういう独自な詩人だけに、私たちの興味も希望もなみなみならぬものがある。かの女は、ほかに百篇におよぶ四季の花花をうたったリリックを書いているが、それは、これとはまったく異質といってもいいような作品である。それにもかかわらず、この匣底にひそむ花花の詩が、この詩集の作品たちの奥の方で、つつましいささえになっている
ということを見のがすことはできない。無償の業もまた、ただ無償におわることはないのであろう。これからのかの女を、みんなで見守り、あたたかくはげまして下さるよう念じてやまない。
(「跋/長田恒雄」より)

 

 青春という 激しい速さで燃えてゆくたましいを 「詩」として定着させたいと念じて いつしか十年の歳月が流れた。この十年の歳月に 私は何処にも その自分の発表の場をもたなかったが これは 詩作の苦しみとは違った また別の苦しみを私にもたらした。
 この非情な沈黙と静謐のなかにあって 「アハバール・アラビーヤ」は 二年数ヶ月の月日を費して書きあげた作品であるが この度念願の第一詩集として上梓することにしました。
 私はアラビアをしらない。その熱い砂礫(ラムル)を現実のこととして 手の甲にふりかけてみたこともないが 私は何よりも 私の抽象の世界 一つの心象として ありえない世界を ありうる世界に描ききることに 夢中になっていた。それ故に 砂漠への傾斜は一種のあこがれに似て 根づよいものである反面 手に入りにくいアラビア資料の渉猟には 十数ヶ月の月日を費したことであった。アラビアへの執着それは アラビアのロレンス資料の収拾の結果が原因で どうしても 私は私の作品に於て 解決しなければならない 作品そのものがアラビアへの執着の解答として存在するよう 各作品を追いつめてみたことであった。しかし それがはたして解決になっているか否かはわからない。 しかしいつしか砂漠はどこか 私に大変似かようものとして 意外な近さにその砂漠へのおもいは存在したのであった。
 私は「アハバール・アラビーヤ」を書きあげて 一年ののちに長田恒雄先生のあたたかい御指導のもとに 始めて「現代詩研究」同人として その詩誌に参加した。それへの感謝の念とともに 長かった沈黙の時代の<たましいの彷徨> 詩作中も詩作後もなお 彷徨しなければならない彷徨は 人間のもつもろさ人間の哀しさであるように私には思えてならない。私はこの哀しさを「アハバール・アラビーヤ」に於ける一つの課題とした。その課題の答として 何が返ってくるか 私には未解であるが 私は私のなかの もえゆくものに清潔であろうとした次元に もし一言の 御批判御高評を得られるならば 大変うれしく思うのです。
 タイトルの「アハバール・アラビーヤ」は右から左に書くアラビア文字の日本語よみで 「アラビア通信」という意味になります。表紙は砂漠の色ディープ・オレンジに 見返しは太陽の色スカーレット・レッドで 装幀しました。
 この詩集を上梓するにあたり「現代詩研究」同人手塚久子氏の御尽力 アラビア語は日本サウディアラビア協会の内本平八郎氏に 御教導いただいたことを厚く御礼甲し上げます。
(「あとがき/田中恭美」より)

 


目次

エル・オレンス考

Ⅰ部

Ⅱ部

  • パフ・アダー
  • 光芒
  • メジナ
  • いのち
  • 少女に
  • 期待
  • 流砂
  • いのり
  • 未来
  • 大地
  • 予言
  • タマリスク
  • ザビビ
  • 廃墟にて

Ⅲ部

  • アラビア通信Ⅰ―黎明―
  • アラビア通信Ⅱ―アウダのこと―
  • アラビア通信Ⅲ―瞳―
  • アラビア通信Ⅳ―フェイサル王子―
  • アラビア通信Ⅴ―青ぶどう―
  • アラビア通信Ⅵ―涵る―
  • アラビア通信Ⅶ―生命―
  • アラビア通信Ⅷ―ゼノビアよ―
  • アラビア通信Ⅸ―カナート堀り―
  • アラビア通信Ⅹ―乾河―

跋 長田恒雄
あとがき


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