1953年8月、詩行動社から刊行された柴田元男の詩集。装幀は平林敏彦、題字は森道之輔、写真は宮下直之。
本書に收録した約三十篇の詩は、日本の敗戰がほゞ確定的なものとなつた一九四五年の五月から、曲りなりにも講和條約が發效になつた一九五二年末までの前後八箇年間に亙る、精神的にも物質的にも極度の苦惱と不安に曝された「占領下」の暗く重たい時間の堆積の中に在つて書き綴られたもので、その間、私個人の思想と生き方の上でも幾多の轉回と挫折とを見、それは同時に私の詩をして殆ど徒勞に近いまでの無暴な主題への接近を意識的に強行せしめ、私はその都度、傷つき、また、そのことの故にいつそう私自身を頑なに他から分け隔てていつた。私はながいあいだ、そのようにして望むべくもないものを望んで人しれず詩の周邊を經めぐつていたともいえる。
私はひとまず、私のそうした過去を清算すべく、何よりも自身の必要からこの詩集刊行を企圖した。それ故、私にとつてこの集の成立は、當然生まれるべくして生まれ出でたものとはいい難い。詩集はむしろ、埋葬のための一つの手段として役立てばよい。
過去の私がそうであつたように、私は今後に於ても恐らく、迷いや惧れや躇らいやもろもろの人間内部のひ弱さ、虚しさに怯えつつ、その不確かな彷徨を次㐧により本質的なものへと近ずけていく他はないのだろう。しかし亦、それは今日以後の時代的社會的基盤とのさまざまな關わりあいの種に、或いは主題と方法との對立・相別の種に、おのずから全貌を現わしてくるものであることには間違いあるまい。私はそのような時間によく耐え得られる自身でありたいと願つている。
(「あとがき」より)
目次
天使望見
- 薄暮の天
- 焦土暮景
- 早春
- 屋上作業
- 竹
- 夜の透視図
- 溝川のある風景
- 天使望見
背徳について
微光
- 櫻の国序説
- 微光
- 他人の宿
夜の歌
- 氷つた季節
- ビルの窓から
- 夜の歌Ⅰ
- 夜の歌Ⅱ
- 夜の歌Ⅲ
- 夜の歌Ⅳ
- 夜の歌Ⅴ
- 橋について
- 歲月
あとがき