哀湖 清水径子句集

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 1981年11月、俳句研究新社から刊行された清水径子の第1句集。

 

 ここに納めた作品は二百四十句、これに要した時間は、ほぼ八年。この間、身辺に起こった最も大きな変化は二つ。その一つは、昭和五十三年七月、秋元不死男逝去の悲しみ。その二は、昭和五十四年一月、永田耕衣を師と仰ぎ得た喜びである。
 三十余年間、行を共にした不死男には、遂に報恩の秋を失なったが、定型精神の禁欲的な荒行のなかで比較的自由に放置されていたことが、今はありがたく切なく思い出されてくる。
 山林的人間を愛する耕衣の慈光は、かねてから私の心底深くずんとしみとおって、人間の生き方を詩的に啓蒙されるばかりでなく、<「鷲が鳴けば聞くは」であればよい>(耕衣)と、欲得なく私自身を十七字に生みおとす面白さを、いよいよ示唆されつつある。
 こうした期間に書きとめたこの集が何かを答えているかどうか、それはわからないけれど、古いノートを整理していて感じたことは、遂にうろうろとさまよう私というもう一人の人間に出会った気羞かしさであり、それを如実に示す俳句という十七字へのおそれであった。内面界の裂け目をほんの少し覗いたにすぎぬこの集を、それでも開板にふみきったのは、残り少ない時間を、生きながらまだ死なぬための私自身への励ましの手段にすぎない。
「哀湖」という湖は、いま私だけに見えるのだが、愛や死という人間の哀歓を底に沈めて深く紺を湛えた湖。それはどこかに永遠にあるだろう、そんな私の憧憬を名乗った。

 


目次

晴・昭和48年~49年
雨・昭和50年~51年
霧・昭和52年~53年
雪・昭和54年~56年

あとがき

 

関連リンク
清水径子の俳句を想う(記憶の海へ――皆川燈・俳句Site)

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