クレヨンの屑 有我祥吉詩集

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 1983年9月、黒詩社から刊行された有我祥吉の第3詩集。装幀・カットはありがはじめ。

 

 この詩集のⅠとⅡの作品は、ほぼこの十年間に書いたものである。Ⅰには、死んだ子について書いた作品をおさめた。生れてきた双子のうち、一人は千四百キログラムの未熟児で、生れたその瞬間から生存があやぶまれた。医師の指示を必死になって守った結果、この子は三歳まで生きることができた。
 外因によるところの死ならそこに眼を向けられるが、この子の場合そうではなかったから、その死は、私の内がわへとりこんでやるほかどこにももってゆきようはなかった。私ごとであるこどもの死という事実に密着せずに、どこまでそれを放した形で作品にできるか、一篇を書くたびに自分に課していたのはそれだった。
 両親が高齢になってから、きょうだいの末っ子に生まれた私にとって、よくいわれる親との葛藤などなかったにひとしい。中学生のある夜、父が死ぬんでないかという思いにとっぜん駆られ、それをノートに書いたことがある。親に対して、私の一方的な感情が走ったりしたこともあったろうが、すでに親はそんな年だったし、きょうだいたちもみな職についていたから、相手にはされず、空回りばかりしていて、きょうだいの多いひとりっ子、そんな感じであった。血縁に関する話をきかされたこともあまりなく、きかされても理解できる年でもなかった。自分ひとりをなんとか生かしてゆけばそれでいい、私の立場はそんな立場だった。
 死んだ子の作品を書くようになってから、血縁の観念のうすかった私の作品に、血縁に関する語がたびたびでてくるようになった。
 外へ向けられない眼を、私は私の内がわへ向けることによって、こどものその小さな死から、逆に血の流れの音をきかされ、その流れの、そのまた先までを自分の感性でとらえようとしてきたようである。Ⅱには、それらをふくめ、その他の作品をおさめた。
(「あとがき」より)


目次

  • クレヨンの屑
  • 抱く
  • 向こうには
  • 忙しく
  • 忘れる
  • こんな空模様
  • 七月
  • 届け
  • 高灯籠

  • 九月
  • 六月
  • 距離
  • 死んだ二人
  • まえに一度
  • 八月
  • 双眼鏡
  • 屋上の郊外で
  • トゲ
  • 電話
  • 屋根の上
  • 安静時間
  • ヘアバンド

あとがき

 

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