文学母胎 豊島與志雄

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 1942年12月、河出書房から刊行された豊島與志雄の作品集。画像は裸本。

 

 本書の性質を一言しておく。
 私は嘗て、李永泰なる人物を見まもっていた。彼の時折の行動について、四つの短篇小説を書いた。最後に、彼の決定的発展段階を示す中篇或は長篇を、書くつもりでいた。その時、彼の前面に、他の人物が大きく立ち現われてきた。如何なる人物であるかは、他日の作品に譲って茲には云うまい。そういうわけで、李永泰は一応このまま放棄することになった。放棄された李永泰は、私にとっては、小さな愛すべき存在であると共に、他の新たな人物の背景的母胎でもある。――これが本書の第一部。
 新たな人物の、或は新たな作品の、生成発育を見まもりながら、作者というものは、いろいろなことを考えるものだ。甚だ真面目な考察に耽ることもあれば、甚だのんきな空想を逞うすることもある。もはや、一つの人物や一つの作品を離れて、目にふれ耳にはいるものについての、謂わば一般的な文学ノートが作られる。――これを少しく整理したものが本書の第二部。
 だが、日本はいま、戦争と発展とのただ中にある。このことは当然、吾々の文学一般の背景的母胎となる。私はこの母胎を、台湾や北支や中支に探ってみた。これは旅行記ではなくて、やはり一種の文学ノートである。但し、これらの土地の事情は刻々に変化しつつあるので、文章のそれぞれに日付をつけておいたし、その日付を考慮に入れて読んで貰いたいのだが、然し、急激な歴史の進展の底の変らぬものを、多少は捉えてるつもりでいる。――これが本書の第三部。
 以上、著者の立前だが、そんなことは無視して、ただ、ちょっと小説をのぞき、それから文学漫談をして、それから少しく旅行をしてみる。それぐらいな気持で読んで頂いてもよろしいのである。
(「後記」より)

 


目次

  • 李永泰
  • 淺間噴火口
  • 在學理由
  • 椿の花の赤
  • 鳶と柿と鷄

  • 神話と青春との復活
  • 高千穗に思ふ
  • 文學以前
  • オランウータン

  • 臺灣の姿態
  • 北京・青島・村落
  • 北支點描
  • 中支生活者
  • 上海の澁面

後記


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