ハテナさんの冒険 藤富保男/桑原伸之

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 1976年1月、エルムから刊行された藤富保男と桑原伸之の画文集。

 

 熊の逆立ち。数学のできる犬。もちあげた象の足の下にねそべる美しい女の子。道化師のヴァイオリン。
 日本では、昭和のはじめころ曲馬団と呼んでいた頃のサーカスは、どちらかというと社会的に暗いイメージが多かった。しかし、ヨーロッパやアメリカの影響があって、さらにサーカスが大きな興行組合を組織して、そのなかに魔術、魔法、奇術、手品が加わってからは、笑いとスリルの応接間になった。
 新聞紙のなかに入れた水が消えて鳩がとび出したり、箱のなかにつめられた美しい女が剣を何本もつきさされて、ケロッとして出てきたり、ライオンと青年がいれかわる術やら……。
 ぼくは子供のときからサーカスを手場が大好きだった。もちろんサーカスでは特殊なもの以外にはトリックはないが、手品、奇術はこちらの心理の隙間をついて、非常にスピーディにやるので判らない。そこにトリックがあろうと、なかろうと、そういう演出をする役者たちを、ぼくは目をポカリとあけて眺めていたのだ。今でもそうだ。はぐらかされるのを喜んでいる図である。
 あの速さが一つの問題だと思うけど、ぼくにはできない。
 このおはなしては、その速さ――時間をゆっくり分解して像してみたのである。
 これを書いていても、以前かぶりつきで見ていたとき道化師から、引きなさい、と言われた一枚のスペードのみが引出しに大事にしまわれているのを思い出す。また、凍った川に箱ごと入れられて脱出するハリー・フーディーを演じたトニー・カーティスの映画を校を休んで見に行ったのもおぼえている。
(「ひとりごと/藤富保男」より)

 


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