戀歌 岡崎清一郎詩集

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 1976年1月、思潮社から刊行された岡崎清一郎(1900~1986)の第14詩集。

 

 私は明けて七十四歳に相なった。
 ところがである。正確に申し上げると七十二歳四カ月である。否、あとすこしばかり経過すると五カ月である。そしてまた七十三歳なのだと言っても出鱈目ではないのである。
 まことにややこしい。明治生まれの老人は大体においてこうした悩みがあるのである。勿論いくら老人でも明智の仁はただちに時代に順応するからそんなこともないであろう。
 私は昔から馬鹿だしまた馬鹿を売り物にしてるので困るのは当然である。関東大震災の時、私は二十四歳であッた。あのかなしかった当時の青年時代を回想するたびごとに二十四の年齢を考える。この二十四という言葉は実に生涯を通じて痛烈であッて一年忘れられない。二十三ではこの場合まるで他人ごとになるのだ。しかし今流に数えると二十三歳の時であったのである。私は例えば十三里とか一貫五百匁とかの距離はどのくらいの遠方であるかまた重たさかはすぐ理解することが出来るのである。ところがメートル法でやられるとたちまち世の中がぼんやりしてしもうのである。
 もうこんな人間はウッたには世の中に存在しないであろう。若しのようなおろかな者がたまには生きておッてもあと十年二十年を経過すればほとんど地球上から全滅してしもうであろう。時間の問題である。だからけッし心配することは無いのである。一瞬の間である。
 此の事は文字を言葉を生命とする文学などもまことに痛烈に時代の波に翻弄されてしもう。例えば森鴎外の書いたものなど私達老人が少年時に読んで感激し発憤したことなどあるいは夢問語であろう。はたして幾人の現在の若者が私達の当時の感動をもッて森林太郎先生を、「即興詩人」を愛読するであろうか。勿論私は此処で鷗外の優劣論をしてるのではないし、また鷗外が永久に古典として後世にいつまでも人々の尊敬する偉人である事を申し上げておくが、私だけのそんな感懐も決して無駄はないと一寸誌してみたまでである。
 私はもう老人だし身体は弱いし、あたまから意気地がないので、一年中家居してめったにわが家の庭へも出ない。だから外出というものはしないのである。疲れるので歩行もほとんどしない。家の中をあるいてみてもつまらないのである。だから歯が痛くなッたり耳がわるくなったり目玉が故障を起こしても、医者へも行けないのである。我慢しておるのである。昔とちがッてこのごろは医者に診察してもらうことは実に容易ではない。
 こないだは突然耳がつんぼになった。これには実に困ってしまった。付近の擾々しい工場の音も聞こえないのは大変有難かッたのであるが、好きな古典音楽も女房や孫共の会話もきこえなくなッてはもうおしまいである。それに耳の故障というものはまことに気持ちの悪いものである。気が狂い相にさえなる。ところがである。四五里はなれたところで栃木市万町に友人の岡安恒武が耳鼻咽喉科を開業してるのに気がついた。彼は優秀な詩人であり、また優秀なお医者様である。ただ彼とは私の我儘から久しく音信も絶えておる。どうも足利まで来てくれと手紙するのは具合がわるい。また残念至極でもある。
 しかしそんな事情をとやかく申してる状態ではない。勇気を出して岡安先生、一生のお願いです。是非私を助けるとおもって何卒一刻も早く御光来下されと平身低頭して耳を治療されることを懇願した。ところが岡安恒武先生はえへんと咳ばらいしてからに「なんだ!常日ごろの大詩人様もこうなッてはから意気地がないな。えへへへへ」とおもむろに微笑され、我が家へくるとまず一服のお茶を所望され、悠々と種々なる器具をカバンより取り出され、ツンボをツンボでない一人前の人間にして下された。
 あああ有難やうれしやかなしや。持つべきものは善き友達かなと不信のあまんじゃくの徒も声を立てて感謝したのであッた。讃歎随喜したのである。
 そんなわけで私は絶対に外出はしない。だからすべてわが人生は家の中だけの自然をはなれた複製の世の中である。例えば自動車も家並みも道路も電信柱も本物ではないのである。テレビであり画集でありアルバムであり新聞紙であり皆々写真によって風景も人物も見物するのである。
 だから実物の花よりも活字による花という印刷物によって花の文章をひねり出す。好きな種々なる文字を言葉を眺望しておればたちまちインスピレイション来たり、此処に珍しい作者もおもいもよらなかった詩作品が紙上に出現する。雲を呼び風がおこり雨をふらせることも出来るのである。よろこぶべき哉。
 なにも肉体的精神的に大変な苦労をして芭蕉のごとく奥の細道をてくてく歩行する必要もなければ大金を使用して飛行機に乗って大旅行する危険にもおよばないのである。一枚の紙と安物の鉛筆が一本あればそれでよろしいのである。私は書く私は書く。森羅万象ことごとく鮮明無類の印画となって我が周囲を駆けめぐり流れ走り轟く一大交響楽となッて我をなぐさめ恍惚状態にまで心情を昇華して呉れるのである。面白き哉や。馬鹿の一つおぼえで六十年も詩をこつこつ書いてればこういう芸当が出来るようになッたのである。書けるだけどんどん詩をかき、また詩の本を出す。
 そんなわけであるからしてまことに本物の生物といッては、私の周囲の人たち、すなわち女房と息子の龍太郎と嫁の喜代子と孫娘の晶子と典子、それからセキセイインコが青と緑色の二羽、あとはすこしばかりの庭の植物だけである。
 腹がすくと龍太郎と喜代子がエサを持って来て食べさせてくれる。まことに有難い極みである。だから人間に会わなくてもすむのである。来客があるともう其の日は何も出来なくなるのである。
 今日は寒い日であるが、ストオブと炬燵と蛍光灯で大変あたたかく明るい部屋のなかである。私はこれから夜具にくるまッて横になる。電話がしきりになってるが、私は電話が一番きらいである。けッして電話のところへ近づいておしゃべりしないのである。

 この文章は二三年前(讀賣新聞)に出したものだがそれを失礼して(あとがき)にする。
(「あとがき」より)

 

目次

  • 戀歌
  • 母と子
  • 黒い石
  • 草上のひるめし
  • 詳細
  • 橋のある風景
  • 釣魚
  • 百姓の家屋
  • 美しい村邑
  • 海村
  • 小村所見
  • 夕暮
  • 禍について
  • 御身の行方
  • 村童について
  • 受胎告知
  • 短篇
  • 野遊び
  • 冒瀆
  • 雨雨雨
  • 黄色花
  • 笑劇
  • 秋日採果図
  • 燃えてる丸太
  • 花咲く園
  • 西風
  • 風景
  • 徒弟たち
  • 太郎
  • 起源
  • 百姓の子
  • 春雷
  • 黄昏人生
  • さよなら
  • 作品千三百六十五番
  • ふたり
  • 亮一
  • 田舎へのがれて
  • おなかのいたいおんな
  • お坊さん
  • こんじきいろ夕暮
  • 谷あい
  • 労働歌
  • 地獄の谷
  • 業火
  • 奇想の夕暮
  • 日の出
  • 大陸へわたる
  • 神神神
  • 兄弟
  • 今日無事
  • 万物の上の雨
  • 月夜逍遥
  • おばけ
  • かなしい歴史
  • 妻女のいきさつ
  • 昔話し

あとがき


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