1989年8月、不識書院から刊行された坂出裕子(1936~)による山崎方代の評伝。
山崎方代の歌の底に流れる、人間の生きるかなしみとでも言うようなものに心惹かれ、方代が本当に言いたかったことは何だったのだろうと探りながら、ポツリポツリと書いているうちに、十年経ってしまった。
幼少の頃、日夜空襲の激しい東京に育ち、学徒動員や出征兵士や戦災を間近に見た記憶は、今も私の中に新しい。いつも心の底にあって、無意識のうちに、物の見方や考え方を左右する。方代の歌を、戦争を軸として読むよみ方は、あるいは、私自身の戦中戦後の体験から出た恣意なのかもしれない。
けれども、わずかでも戦争の記憶のある私達の世代のあと、もう、誰がこんなことを考えたりするだろう、という思いが、このつたない論を人前に差し出す決心をさせた。
殺された「方代」、眼の見えなくなった「方代」のほかに、「殺した方代」や「見殺しにした方代」も、日本にはたくさんいたはずである。そういう人達は、歌を詠むことさえ出来ず、どのように苦しんで生き、そして死んでいったのだろう。
論を書いている間、いつも手元にあってお世話になった『山崎方代全歌集』は、造本の美しい、めくるページのやわらかく指になじむ本で、編集者の行き届いた熱意は、論を書く励ましともよろこびともなってくれた。
(「あとがき」より)
目次
序論――山崎方代と戦争
・ピエロの唄――歌俳優論
- 一 歌俳優
- 二 見られる歌
- 三 歌集『方代』の場合
- 四 物語の文体
- 五 『迦葉』で完結する方代劇
- 六 方代劇の観客
・方代の歌
- 穴のうた
- 壺のうた
- 白い服
- くやし涙
- 批判のうた
- 触れる歌
・方代の享受
・否定的山崎方代論
- 一 なまけものでない方代
- 二 働けない方代
- 三 百姓になれなかった方代
- 四 帰れない方代
山崎方代百首抄
山崎方代略年譜
参考文献
あとがき