冬から春へ 小泉萩子詩集

f:id:bookface:20191204133610j:plain

 1961年10月、私家版として刊行された小泉萩子の詩集。

 

 あなたはいつも口癖のようにこうおっしゃいます。
「次に生まれて来るなら、草や樹がいいわ。それも樹は寿命が長すぎるから、どちらかといったら草がいいわ。」と。
 そして又、こうも言います。
「行く手に凋落が約束されている、きらびやかな春より、そこから創り出すより他生きる道のない冬の方が好きよ。」と。
 その言葉の裏には、愛しい程の人間の悶えが隠されていて、私は返す言葉を失います。
 生を受けた土地に不平をいうでもなく、運命にさからわず、雨に濡れ、陽に輝き、静かに、あわてもせず、生をまっとうしていく草木。冬のさなかでもその前に立つと、あなたは本当にそのまゝ草や樹になってしまいそうに、いつまでも見つめているので、時折私は不安にかられ、実はあなたは草木の精なのではないかと思ったりします。
 そしてあなたを慰めるために、或る日、こんなことを思いたちました。
 逞しい男やもめの冬と、さりっと細い足を持つ甘い乙女の春との恋の詩を綴ってみようと……。私たちよりよっぽど長寿で、私たちよりよっぽど忍耐強く、私たちよりよっぽど自然の条理に従順な樹々を登場させ、花や鳥や雪や風など、その仲の良いものたちの、ミューシカルあるいはモダンバレーを演じてみようと……。冬から春へ、無から有へ、生命の激しい源への神秘を見つめ、冬と春との不倫の恋のおとし子、夏へのプロローグを唄ってみようと……。
 一夜の夢か幻と、読み捨てて下さって結構です。
 あなたの中で、物言わぬ、しかしそれだけ厳しく生にたち向っている樹々の精がいきずけば幸いです。あの独創的な冬のエネルギーを今一度見なおして下されば幸いです。
(「友への手紙」より)

 
目次

  • 第一部 冬は長い哀しみの喪に服す
  • 第二部 冬は白いウェディングドレスを着た春と婚約する
  • 第三部 よみがえる冬は春の花嫁を待ちこがれる


NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索