1952年9月、第二書房から刊行された米田栄作の第2詩集。写真は稲村豊、カバー(七筋の川)は福井芳郎。画像は裸本。
第一版に廣島市長と市會議長の跋文が掲げられてゐて、詩集にしては稀な社會的なもののやうな氣がしたが、詩業はわきみち交はに逸れずに、くひ込むところにくひこまれてゐて、あやまちがなかつた。原爆の地からの詩集の最初の裝ひとして社會人の跋文がのつてゐたわけも、すなほにうけ取れた。
「川よとわに美しく」その一の「その色のなかで」に惹かれたものがあり、その二の夜毎ぶらんこをゆめ見るといことにも注意される氣付があつた。家族その二の章も、「失つた骨像が萬緑のいろで臥せていた」といふのも、無惨が生きてゐた。(甦える川)
集中「三角洲(デルタ)」といふことばの含むものが、私には妙に印象的であり、この詩集はいっそ「三角洲(デルタ)」とか「三角洲の季節」とかいふ題名にしたらどうかと、考へるやうになつた。かくされてゐる作者のくやしさも、あとかたもなく拭き取られているのは、作者の詩への勉強のためだといへるであらう。
(「序/室生犀星」より)
はじめに
去年の春のことであつたか、米田榮作君の詩集『川よ とわに美しく』を贈られて、私はいろいろの感銘をうけた。そのひとつは、しずかではあるがたちのぼる多彩な香華の色とかおりにも似た著者の詞藻で、あとがきを讀んで私はその詩のきたるところを知り、何か西天の哀しい彩雲に触れる思いであつた。私はまたその詩集のはじめに挿入された朦朧たる一葉の印影の現世の外のるののやうな形象に搏たれ、血脈のやうな七つの河流を配した表紙の裝畫にも何か心惹かれるものがあつた。
米田君は私の二十年の詩友であるが、久しく詩作を絶つて實業界に投じ、いまこの人生宿世の秋にのぞんで、翻然これらの詩業を誌して世に送ろうとする志に厚く同感されるものがあつた。その集に爾後の作品を加え、ふたたびこれを剞劂に附せんことを奨めたのも私であつた。
室生君が私の願いをきき入れて一序を草してくれたこと感謝のほかはない。
(「はしがき/百田宗治」より)
目次
序 室生犀星
はしがき 百田宗治
第一部
- 川よ とわに美しく その一
- 川よ とわに美しく その二
- 川の鎭魂歌
- 甦える川
- 永遠の川
- 靜脈の川
- 星の歌
- 復歸の地
- 川の戱れ歌
- 鄙歌
- 荒廢に立ちて その一
- 荒廢に立ちて その二
- 荒廢に立ちて その三
- 現幻
- 川の碑
- 川のなかの旗
- 川の聲
- 翠町假寓
- 家族 その一
- 家族 その二
- 海から見た廣島
- 雲の逕
- 瓦礫の逕
第二部
- 木の實が熟れるように わが廣島よ
- 光 川にみち
- 夕映えいろのおん身らは消えない
- 新オフェリヤ
- 川の曼陀羅
- 晩鐘偈
- 相生橋
- 川燃ゆ
- 川明り
- 川の華鬘 その一
- 川の華鬘 その二
- 川の華鬘 その三
- 川の華鬘 その四
- 月の汐
- 川霧
- 美しきものを咎め給うな
- 美しければ逞し
- 川の雪
- 川匂う
- 川化粧
- 川の空
- 川流轉
- 釋哲道童子
- 天秤の圖
- 原民喜詩碑
跋 濱井信三
跋 砂原格
あとがき