1992年10月、雁書館から刊行された稲葉京子の第6歌集。装幀は小紋潤、表紙は田中一村「白い花」。
『沙羅の宿から』は、私の六番目の歌集です。ここに収めました歌は目をいためる以前のものですが、編集をするのに大きな字で拾い書きをしなければならなかったために、思いのほか時間を取りました。
今まではどの歌集も、いくらかの心のはずみを持ってはやばやとまとめることが出来ました。しかし今では、むしろ手数がかかり思いのほか時間のかかったこの歌集の方に、より愛着の心が深いような気もしております。
この歌集に収めました歌の年月は、ささやかな家族がいろいろな事情でいよいよ、ばらばらになり東京・横浜・大阪と別れて住むようになり、それゆえに家族というものの意味を問うことになったのでした。私が住んでいますマンションの前庭に何本かの若い姫沙羅の木が植えられており、家へ帰るたび私はここを通ります。
この花は私の生まれ月の夏の初めの頃、匂いこぼれるような白い花を咲かせます。
沙羅の花は時の流れの早さを思わせ、時の流れと共にさびしくなった家族の在処を思わせ、そしてそれゆえにことさらに懐しく慕わしい一人一人のおもかげを思い出させるような気がいたしました。
夏はもとより、秋も冬も春も、沙羅の花はそうした気持の象徴として私の内側に咲き続け散り続けてきました。
私はこの家を「沙羅の宿」と名づけて、ここで歌った歌をまとめました。この年齢となっていくらか見え初めたものを歌いました。私の思いが、読んで下さる方々の胸に届くことを願っています。
(「後記」より)
目次
- 銀河に近く
- 歌の門
- ねむる
- 薄墨の羽
- 風の筋あり
- 約束
- 山鳥橋
- 花の記憶
- 硝子庵
- こがらし
- ゆくりなく
- 雨夜なり
- 毬歌
- 昼顔の襞
- 凌霄花
- ゆゑよしいかに
- ほととぎす
- 光の中に
- 歳月
- 花だいこん
- 春の鬼
- 葉桜の傘
- 渦の若葉
- 黄なるスカーフ
- 私のための音楽
- 春から秋へ
- 白螢
後記