1989年7月、七月堂から刊行された梅津ふみ子(1945~)の第1歌集。
子供の頃、祖母や母の昔話や絵本に出てくる鬼が可哀そうでならなかった。どうして退治されなければならないのか、逐われなければならないのか、逃げなければならないのかがわからなかった。勤め始めた頃、友人に貰った『鬼の研究』は、そんな幼ない頃からの私の鬼への想いを鎮めてくれたのだった。同時に、馬場あき子という歌人の存在をも強烈に印象づけた。もし『鬼の研究』と出合わなかったら、私はおそらく短歌の世界に足を踏み入れることはなかったであろう。
この歌集は、「かりん」入会後約九年間の作品から三八五首をまとめたものである。まとめてみるとこの間の作品に、私の裡に厳然として在りながらも目をそらせ続けてきた日々のこだわりが明日に曝されていることに気付く。存在しながらも無としてきた私の裡の隠(オニ)の想いが、定型と律とによってあばき出されていた。ともすれば籠りがちである性向も、また、学生時代からの巫女歌謡の系譜の哀しい律に魅せられてきたことも、これらの歌々がその原点を明白にしてくれた。そして多分、これらの歌がへ私>の裡なる小さな鬼への鎮魂であり挽歌になるだろう。否、そうあってほしいと思っている。
思えば定型という詩型も、その有する律も隠(オニ)であった。見えなかったもの、見なかったものを否応なく凝視させる歌の力の誘発性、これは或る意味では恐ろしいことである。言葉をもたない動物たちとの触れ合いをことさら愛し、その眼の、体全体の表現を受け入れることで内向する思いを和してきた私が、言葉で、しかも限られた文字で思いを表現する文学世界に交わってゆくことの難さに直面し、今更にしてとまどいの真只中にいた。
(「あとがき」より)
目次
序馬場あき子
・春はあけぼの
- 桜花忌
- メビウスの輪
- 朔太郎の猫
- 春嵐
- 高層の横穴
- 本州北ばて
・夏はよる
- 水無月深川
- 花たかく活く
- 五月の不安
- 雨をんな佇つ
- 方舟のごとし
- 夫婦の銀杏木
- みな甘かりし
・秋はゆふぐれ
・冬はつとめて
- とんと昔
- 厳しくまろく
- 雪うさぎ
- メンデリズム
- ホカロンを抱くねむり猫
- 日帰りの旅
- 大和に来る春
あとがき