1990年8月、福武書店から刊行された多田尋子(1932~)の短編小説集。写真は瀬尾明男、装幀は菊地信義。「白蛇の家」は第102回芥川賞候補作品。
この小説から読者は明らかにいまの現実感、そういうほかない、奇妙なリアリティーを受けとる。その理由はたぶん、ここに描かれているのが「恋愛」ではない、「心の気後れ」ともいうべき、ささいな、ことがらだ、ということによっている。離婚した相手と再会し、たまに会いましょう、と言われ、ええと答え、その肩に身体をもたれる、ささいな「成就」。このささいなマイナスとささいな補填に、主人公の劇を限定している点に、おそらくこの作の力、この作の現在性はひそむのである。
(「共同通信・文芸時評 臆病な成就評/加藤典洋」より)
目次
- 臆病な成就
- 慰撫
- 白蛇の家