1989年5月、思潮社からラ・メール選書の1冊として刊行された柴田千秋(千晶)の第2詩集。第5回ラ・メール新人賞を受賞。
あの冬、私が出逢った愛は、はじめる前から壊れてしまっていた。私はただあきらめるためにだけ、その愛をあじめていた。
愛はいつか終るものだと思っていた。私たちはいつかだれかがこの愛に、答えを出すものだとばかり思っていた。けれどそれが終らないとわかった時、私は自分で終らせていた。私の中の混沌とした愛を、私という濾過器にかけて浄化させたかった。かつて私が通過したいくつかの愛のようなものたち、それらはみな一つの愛を浄化させるための、フィルターだったような気がする。
幾度目かの冬が過ぎて漏斗が空になった頃、ビーカーの底には透明な液体が溜っていた。
愛に答えはなかった。私たちにはただ四年という、それぞれの愛の日々が在っただけだ。
最後にフィルターの上に残ったのは、私という物体だった。私はこれからこの物体を、少しずつ消滅させてゆこうと考えている。肉体が滅びたあとに残るものはなんだろう。愛だろうか? すべてが消えたあとに残るもの、もしそれが言葉だったとしたら。もしそれが一つの詩だったとしたら……。それこそが、私が本当に書きたかった詩なのかもしれない。
その時、私が書き続けてきた長い物語はようやく完成する。そして私はその物語の最後を、けっして読むことはない。(「濾過器」覚え書より)
目次
Ⅰ 濾紙
- 青い獣たち
- 父たち
- 発芽
- 目覚め
- やわらかい爪
- 散歩
Ⅱ 濾液
- 輝く丘
- 鳥影
- 火傷
- 放火
- 水族館
- 燃える鳥
- 女たちの家
- 弔い
- 家族たち
- 地下茎
- 回復期
- 夏の終り
- 書物
Ⅲ 残滓
- 赤い靴
- ルナ
- 迷宮
- 未刊詩集
- 博物館