1949年6月、文潮社から刊行された室生犀星の自叙伝。
自傳的な私の文獻は小説「幼年時代」の外に「作家の手記」「泥雀の歌」「弄獅子」「笛吹けども」等がある。それぞれ大部な枚數のあるものだが、まだ完全な自傳は容易に書き切れないと言つてもよい。本篇はそれらの總括した作品の純粹なものであるが、作家といふ者はいくら書いても自傳だけは書き切れない程、材料があるものらしい、併し私は自分を書きあらはすことが最早沁々いやになつた。自傳に出てくる繼母に私が仕へなかつたら、私は何一つ教へられ導かれなかつたであろう程、私は多くの教へられなくてもよいものまで、無理に教へられたからである。一種の殘酷な性格な眞面目から展いて見せてくれた世界は、後年に小説といふものを書くやうになつた私に繼母は或るときは鬼籍にゐながらも、私を呼びつづけて呉れたからである。私は彼女にはじめて感謝の言葉を捧げたいくらゐだ。
本篇は五部作の自傳中ときにその骨格に於ても、注意して熱心にかき綴つた作品である。再びこれを世におくるのも、過去の作家にあつたものの、これは怠け者の作家生活であつて、本統の作家といふものはもつと立派やかな生活をすべきではないかといふ疑ひを有つたからである。(「序文」より)
目次
序文
- 女中部屋
- 町
- 盜みごころ
- 良い心
- 泳ぎ
- 天命
- 履歷書
- 冠
- 詩集「行く春」
- 追放人
- 海の乳
- 海の家
- 洋燈はくらいか明るいか
- 詩のゆくへ
- 活動寫眞館
- 原稿料
- ふるさと
- 「卓上噴水」
- 歸去來
- 父の死
- 愛の詩集
- 小說「幼年時代」
- 子供の死
- 震災前後
- 川べり
- 家を建てること
- 麥湯
- 哈爾濱の章
- 夕榮え
年譜