1986年10月、エディション・カイエから刊行された尾崎与里子(1946~)の第3詩集。装幀は山本容子(1952~)。
湖に近い葦の原で、ほのぐらいものが飛び交うのを見たのは、はじめて猫を抱いた日でした。しずかに爪を立てて燃える猫の顎の下へ手をさしのべると、小さく鳴き、逆らわないものを、私は炎のようだと思いながら、撫でているのでした。
口紅のようなやくそくをして、夢の歯止めが効かなくなることを承知で物語を書きたいと思ったのですから、どこまで恥ずかしいのだろうと、葦の原に猫を放して、淡く拡げていきました。
抱かれても名づけられないまま紅く滲んだ猫は、もっとやくそくしたいと、じっと私を見つめました。青い葦の花穂は徐々に熟れて、暗い色の実になり、季節がおわるころには白い穂絮(ほわた)になって遠くへ飛び散っていきます。
はなぎつね、夢虫、風汲、と辿りながら、私には区切ることができなかったので、時間はその都度少し凝るように過ぎました。
(「あとがき」より)
目次
- 桜 さくら
- 尾 お
- 蝕 むしばむ
- 肩 かた
- 家 いえ
- 産 うむ
- 翼 つばさ
- 桃 もも
- 月 つき
- 蝶 ちょう
- 燃 もえる
- 沼 ぬま
- 春 はる
- 朱 あけ
- 湄 ほとり
あとがき