1954年10月、宝文館から刊行されたアンソロジー。編者は現代詩人会。装幀は井上三綱。
火の発見を端緒とする人類文化が到達した原子時代の光明を、不幸にも原爆時代の暗黒を意味するものとして体験せざるをえなかった日本国民は、ここにまた、ビキニ環礁における水爆実験の死の灰を浴び、現実的に、科学的に、立証されつつある絶大な被害によって、いよいよ人類存亡の危機を身を以て知る世界唯一の国民となりました。
私たち現代詩人会員は、他ならぬ人類の先駆者的使命を痛感し、黙しがたい国民の衷心を詩精神に傾けて死の灰に抗議し、叡智のブレーキを忘却した科学の暴挙とそれによる戦争が、やがては地球と人類の破壊滅亡をもたらす事実を、広く世界の良識に訴えることを熱望し、詩に関連ある諸方面にも同調と協力を求めましたところ、全国からそれぞれに力作を寄せられ、およそ千篇に達する反響に接しまして、編集関係者一同感激いたしました。
協力作品の全部を、編集委員一同で慎重に詮衡しました結果、百二十一篇をえらんで一巻とし、刊行の運びとなりました。私共の熱意に、熱意を以てこたえられた作品の全部を、一巻に収録できなかったことは、まことに遺憾にたえませんが、この間の事情万やむをえぬものありと切に諒承をねがい、深く感謝いたします。
人類の歴史においてかつてない不幸な体験をこうむつたわが民族の衷心が、単に一扁の詩によって表明しつくされ、解決されるなどとはもとより考えるものではありません。しかも、水爆実験が行われて以来六ヶ月経過の現在、今なお雨の中には強力な放射能を含み、南方の齊から帰港する漁船の魚も、しばしば放射能のため廃棄の余儀なき現実を直視し、かつはビキニ患者とその周囲の惨状を熟知する立場において、私共はますますこの憤りに深度を加え、水爆実験の禁止はもとより、人類の不幸と滅亡をまねく一切の原水爆放棄と戦争絶滅を念願する殉教者として、叡智を以て暴力に立ち向い、人類史上にせめて存在意義を確立することこそ、詩精神に生きるものの義務であると信じます。
この一巻が、世界各国に訳出され、あまねく人類の魂に呼びかけるよういのります。一九五四年・夏 現代詩人会
(「序」より)
目次
序
- 死は海からも空からも 安藤一郎
- 運命の島 阿部襄
- 夏まで 安東次男
- 日日の抗議の中の一章 浅井十三郎
- 速かな別離 土橋治重
- 死の灰について 藤野芳治
- 眼 藤原定
- 止めよ 深尾須磨子
- 白い手 後藤一夫
- まぐろの恐怖 浜田知章
- 雨 花崎皐平
- 完全なる擁護 長谷川竜生
- ノウ・モア・ビキニ 服部嘉香
- 不死鳥 檜山絵太郎
- 死の水曜日 堀口大学
- この事実を 平木二六
- ほうしやのう 市川克己
- ロスアラモスへ 一柳喜久子
- 死者も未来も 井出則雄
- 青空が遠くまで 飯島耕一
- ビキニの神話 猪元路子
- 死について 猪野健治
- 地球に生物が住めなくなる 井上淑子
- ぼくらは人間だから 岩本敏男
- 四行諷詩抄 岩佐東一郎
- 魚の眼 上林猷夫
- 恐怖 河合俊郎
- POMONA 川上春雄
- 記念碑 川村庸雄
- 扉の外に立っているのは誰だ 川崎展宏
- 虫 川杉敏夫
- 受難の刻印 木原孝一
- 夢について 菊地貞三
- 強大者の倫理 菊岡久利
- 南の島 金時鐘
- のっぺら棒の世界 北川冬彦
- 無機人間登場の銅鑼 小池亮夫
- かの文明国 近藤東
- 死の灰 近藤多賀子
- ひるまの死話 神津拓夫
- 傷ついた海 窪田般彌
- 神のおごり 久保田俊夫
- ぬかるみの道 粂川光樹
- 水爆エレヂー 草野心平
- よつぱらいの歇 蔵原伸二郎
- 祈檮にうもれて 桑内津禰子
- 禁断の木の実は 町田志津子
- 石が怒るとき 真壁仁
- 蟻のように 牧羊子
- 明日の花 牧野芳子
- 白鳥の死 松岡寛
- 母の発言 港野喜代子
- おそろしい神話 三井ふたばこ
- 灰が降る 三好達治
- 抗議 三好豊一郎
- 作口第二番 水上文雄
- 平和を 望月佳子
- 幼な子は 村上三枝子
- 死の灰 村上展
- 暗い雨のなかで 村野四郎
- 手について 村山出
- 失われた思考 長尾辰夫
- 地球は一個の被害者となつた 永瀬清子
- 死の会話 長島三芳
- 暗い日曜日 中村温
- 五月は蒼ざめ 難波道子
- ビキニの天 奈良重穂
- 白・黒・黄色 野間宏
- あめ 沼田古人
- アメリカ人におくる三つの詩 大江満雄
- 奇妙な話 扇谷義男
- 灰つかぶりの島からぼくはあなたにいつてやる! 及川均
- 大臣のうた 岡本潤
- 漁場 岡本広司
- 灰 岡崎清一郎
- 穴 小野十一三郎
- この手を 長田恒雎
- 黒い皮膚 佐川英三
- あの声が聞えるか 佐川晃志
- アメリカの皆さんへ 堺杜志夫
- 死の灰の雨 阪本越郎
- 第二灰 桜井勝美
- 死の行方 佐藤総右
- アメリカ人に 沢村光博
- 地球という実験室 笹沢美明
- 水爆 千田陽子
- 海と空のあわいに 柴田元男
- 未知なるものの裁き 嶋岡晨
- ひるねの夢 清水純子
- 黒い羽毛 相馬好衛
- 昏い出発 杉本春生
- 人工港と死の灰 杉山市五郎
- 太陽の声を 高田敏子
- つばめ 田島伸夫
- ビキニの灰以後 高垣憲正
- 汚れた星座 高橋兼吉
- 灰 高橋新吉
- 廿三人の漁夫たちと共に 高橋たか子
- しずかな海 高島健一
- 光の抗議 高島高
- 水辺の葦 滝口雅子
- しかしあなたがたのうち 田村正也
- 水爆と農民たち 丹野敬
- 不安 伴野憲
- 神ラシイ神話時代ノタメノ挽歌 藤一也
- 花と果実と霧雨 寺門仁
- くろい未来 殿内芳樹
- レイン・コートの街 壼井繁治
- 高校生の願い 月村明美
- 世界を暗くする手を除けよ 壼田花子
- 六月の夜ふけに 内田義広
- モンスーン日本 植村諦
- ビキニの灰 湖山たかお
- 今日もまた雨がふつている 和田徹三
- 土人の祈り 山田昭
- そこ、退いてくだされい 山本和夫
- 華やかな夜景 山村順
- 鮪に鰯 山之口貘
- 祈り 山崎法雄
- ビキニの放射能 山崎央
- 死神の歇 吉塚勤治
- 英訳作品
あとがき
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