櫻樹 福田清人

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 1942年10月、翼賛出版協會から刊行された福田清人(1904~1995)の軍国主義小説。

 日本人のすべてが、いま無意識にもとめてゐるものがある。いろいろな方面にそれがある。例へば小説にしても、今までのどんなものよりも身近な、それでゐて、おほらかなものを、それとははつきり言へないけれども、みんな心のなかで探してゐるやうに思ふ。
 作家はむろんそれに氣づいてゐる。しかし、書くといふことはひとつの習慣であるから、思いきつて自分の殻を破らなければ、新しい方向に進むことはできない。準備はもうできてゐる。機會が與へられゝばいゝのである。
 たまたま、私が翼賛會文化部の仕事をしてゐる関係で、今度陣容を建て直した翼賛出版協會から「健全で面白い小説」の出版について企劃の相談をうけた。
 私の頭には、すぐ數名の中堅作家の名が浮び、その才能、思想、気魄の点で、私の考えてゐる「日本人全体を對象とするやうな小説」の執筆の依頼をしたらといふ事が即座に決定したのである。
 同僚の上泉君とも人選について慎重に打合せをした。
 みんな快く引き受けてくださつた。
 國民文学といふやうな名稱をわざわざつけなくてもいゝ。つまり、ある一定の讀者――知識層とか大衆とか、或はまた文學に縁のあるものとか、忙しくて時間がないものとか、婦人とか子供とか――とにかく、特別な條件のついた讀者の範囲を頭において、これまでの小説は書かれてゐたのである。さういうものもあつていゝけれど、さうでないものがなければならぬ。これこそ、私たちが、いま、文學にもとめてゐるものではないかと思ふ。そして、これは作家にとつて最も困難な、しかし命をかけても惜しくない道である。
 出版者側のかなり非打算的な協力に信頼し、作家諸氏の熱意と努力とを私は感謝をもつて見まもつてゐる。
 福田清人氏の「櫻樹」は、かくしてこゝに脱稿をみたわけである。
 これ以上、私はなにも云ふ必要はない。ひろく讀まれることを希ふばかりである。

昭和十七年九月一日
岸田國士

 


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