1957年8月、新葉社から刊行された原田奈翁雄(1927~)の第1詩集。原田は筑摩書房の雑誌「展望」「終末から」の編集長。
敗戦一年後ころから、一九五二年、血のメーデーに至る期間に、これらの詩の大部分を書きました。一九歳から二五歳くらいまでの間です。戦争下に育った私は、敗戦によってはじめて生きることの喜びと意味について知ることができるようになったわけですが、それが十分に開花し、熟し切らぬうちに、世界的な再軍備による国際緊張、国内における反動体制の再確立への動きといったような情況の中で、ふたたび窒息させられようとしてゆきました。原子爆弾による被害の実態などが、ようやく知れ渡ってきた頃かと思います。これらの詩は、そのような空気の中で、遅れて生き始めた私が、わずかにそれを書くことのうちに、自分の生への確かめを得ることができると考えたがゆえに書かれたものです。そのような詩が、とくに今日、ひとにとってどんな意味があるのか、実際私にはわかりません。
人を抑圧する体制の中にある人間は、彼自身抑圧を受けながら、また多かれ少なかれ他のより弱い人間に対して圧迫者たらざるを得ないように思われます。そしてそれは、そのような体制を、たとえ消極的にせよ容認している限り、まぬがれ得ないことではないのでしょうか。あたかも、植民地の人民を抑圧している帝国主義本国の人民は、その植民地人民の解放がない限り、本当には解放されることがないというあの定式にも似ています。私の過去は、積極的にこの我々の生存の場所に対して働きかけるということがありませんでした。観念の世界でのことを除いては。その結果が、結局は周囲の人々を傷つけ、自分自身をも、どうすることもできないような暗い場所へと追い込んだのでした。そしてついに、受身の姿勢のままであっては、生はもはや生であり続けることができないのだ、と考えるようになった私が、どうしても自分を変革してゆかねばならないと、おぼろげながら感ずるようになってから、すでに永く時も経ちました。それにも拘らず、そのことはいっこうに進んでいません。それどころか、なおこれらの過去の詩に、今日の自分に親しいもののあることを、感じざるを得ないことがしばしばあるのです。そしてこの何ともやりきれない気持が、私にこの詩集を人に示すことを促しました。
変革とは、と、近頃私は考えます。変革とは、こちら側から、溝をひとつ飛び越えて、向う側に至ることではないだろう。むしろこちら側に、むろんその必要と価値があるならば、――深くひそみ深くなずんで、そのよきもののためにその悪しきものを容赦なくうち砕いていくことではないだろうか、と。そして、そのことが、よきにつけ悪しきにつけ、自己のものに溺れること深い私にとって、どんなに容易でないことであるにせよ、それ以外に私としての生きようはないだろう、と。私は赦され、私は叱咤されたいのです。
私はこれ以後、殆ど詩を書いていません。理屈の上では――おかしな言い方ですが――私にはこれまでのような姿勢で書かれる詩は必要でなくなったはずですし、また余りになじんできた作詩上の態度を変えることもできませんでしたから。
しかし私は詩が好きですし、異った姿勢で書けるものなら書いてゆきたいとも思っています。たとえば、つい昨日ある本を読んで受けた感動――世界のあらゆる国の母親たちの、子供たちへの愛や、平和や、人間らしい暮しなどへの単純な希求が、彼女たちをどんな崇高な仕事へとかり立てていったか、ということを綴った、「あたりまえの女たち」という本。そのあたりまえの人間たちが、どんなにこの「人間」の擁護と、その尊厳のいっそうの顕揚のための、偉大な力であるかということを知って受けた感動――そのようなものを詩で表わせたら、さらに、詩自体がそのような力のひとつになり得たら、などと思っています。もちろん詩はそのような力になり得るかも知れぬ今後の私自身の生活の結果にすぎない筈でしょうが。
そんな詩がもしたくさん書けるようになったら、こんどこそ「男たちに 女たちに 人間に」と心からの献辞を書きたいものだと思っています。
(「あとがき」より)
目次
- 人間
- 人間
- 理解などということは
- 人生讃歌
- 慰め
- ああふるわずやわが胸の
- ああいっさいは
- 耳たてよ
- 白雲
- 黄色い冬の午後の日ざしが
- 春は
- 余りに烈しい海のどよめきを
- 雪原を
- しんしんと、しんしんと大気が
- 暗い夜の風が窓を搏つということは
- 夕暮は
- 太陽はすでに
- 北の国、海のほとり
- 雪が降ると
- ただ美しく消え去らんがために
- せっかちな俺のたましいは
- 旋律
- 何で肉を
- 一面の闇の中を
- 孤児のうた
- 夜は暗く
- 詩人に与う
- 牧歌
- 夜よ 眼差しよ
- 白い雪が
- ゆめ
- 脱出! 脱出!!
- この世に愛深かりし人らに捧ぐ
- お花見の歌
- 宇宙 雑音 滅法 混沌
- 詩
- 身の証しただ立てるため
- 死屍にのみ
- かくて
- 食傷
- 錯乱の太陽ひとり
- 屍
- 既に夜明けの
- 陽は永遠を
- 何と晴れやかな
- ひとに
- その日のために
あとがき