1990年7月、思潮社から刊行された加藤温子の第3詩集。付録栞は清水哲男「うすみどりの荒技」。
私は駅がすきです。ただ、ぼんやりと人々の忙し気に行き交う姿を見ているだけですが、ここからなら、どこへでも行くことが出来るという、なにかしらの解放感にひたっているのかも知れません。時には、着のみ着のまま深夜の東京駅から、東名・名神高速ノン・ストップの最終ドリーム号に乗りこみます。ドリーム号は何故かひとり旅の人が多く、駅員もとても無愛想なのです。乗客は黙々と棚から毛布をおろし、手元の小さな灯も消すと、眠っているのかどうか車内には話し声ひとつ聞こえません。ただ、エンジンの轟音が車体を揺すっています。私は遠くなる深夜の東京の街をじっとみているだけ。帰るべき故郷はありません。もう家族もいません。
富士の裾野、足柄のパーキング・エリアは物凄い霧、霧のなかにぼんやりと冬枯れの木立がみえます。行き交うのは大型の長距離トラックばかり、車内はエンジンの轟音と激しい振動だけです。湖北、三ヵ日のパーキング・エリアでは昼間ののどかさとは、うって変わった淋しさに、浜名湖から吹きつける氷のような風に吹かれ、疲れた乗客も運転手も車をおりて自動販売機にコインを投げ入れています。長距離トラックの運転手も凍るような夜の空を見上げ、黙々と煙草を吸っているだけです。
人々の姿はゆらゆらとゆれる影であり、たしかなものは、凍る風と、ざわざわと鳴る精。そんな底抜けの、人間なんか放りだしてしまうような、淋しさに私自身を追いこむと、どこからか、かすかな笑いが、そして、やがてなんともいえない生への懐かしさが、うまれてくるのです。
(「あとがきにかえて」より)
目次
- 草原
- ぼくのお話はこれでおしまい
- ねえ、ハートフィールドさん
- 恋
- SOLITUDE
- 真っ赤なトマトが空を
- オシャマンべのイカメシ
- 春
- もっと抒情的に書きたいなあ
- 虫
- 旗
- ララバイ
- 水栽培
- 漏刻。
- 濃尾平野
- DISTANCE CALL
- SHADOW・CITY
あとがきにかえて