2012年8月、思潮社から刊行された四元康弘(1959~)の第8詩集。書は伊藤比呂美、装幀は奥定泰之。第4回鮎川信夫章受賞作品。
つい最近まで、私は日本語から自由になったつもりでいた。今年で二十五年目を迎える外地暮らしの、日常の意思疎通やら商売上の甘言詭弁は云うに及ばず、詩においてもそうなのだと高を括っていた。個々の言語を超えた「大文字の詩」の存在を疑わず、それこそが我が母語であり祖国であると囁いていた。
実際、表面的なレベルでならその言葉に嘘偽りはないのである。ここ数年の私は世界各地の詩祭に足繁く通い、英語を仲立ちにグルジア語からヘブライ語まで、何十カ国もの言語で詩をやりとりしてきた。文化や人種の壁を越えた詩人という種族の存在を肌身で感じ、その共通語としての詩を、ときに辞書を引きつつ、ときに身振り手振りを交えて味わった。そこに束の間出現する詩の共和国に、私が地上のどこよりも郷愁を感じたといってもあながち誇張ではなかっただろう。
だが事態はそれほど単純ではなかった。『言語ジャック』という作品集を書いたあたりから、私は日本語に囚われてしまったらしい。自分の書きたいと思う作品が、どういうわけか翻訳することの極めて困難なものばかりになってきたのである。ましてそういう作品を、母語以外の外国語で書くことなど到底不可能なのだった。
(「日本語の虜囚あとがきに代えて」より)
目次
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- 日本語の虜囚
- 洗面鏡の前のコギト
- 多言語話者のカント
- 歌物語 他人の言葉
- 旅物語 日本語の娘
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- 島への道順
- マダガスカル紀行
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- 新伊呂波歌
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- ことばうた
- こえのぬけがら
- うたのなか
- われはあわう
- みへのららばい
- みずのれくいえむ
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- 虚無の歌(からっぽソング)
日本語の虜囚あとがきに代えて