1997年10月、夢人館から刊行された長嶋南子の第3詩集。
某月某日
あんパン二ケ あんドーナッツ二ケ 甘い卵焼き三片 バナナ一本 肉だんご六ケ プリン一ケ きんつばサブレ少々
男は年をとって食が細くなってきている。食欲がなくなっても食べられるものがある。あんパンだ。すっかりあんパンに回帰してしまった。女の手料理よりもあんパン。あんパンがあればなんにもいらない。某月某日
あんパン二ケ アップルパイ一ケ シュウクリーム三ケ バナナ半分 甘い卵焼き二片 にぎり四ケ（えび 穴子 たまご 中トロ）
自分の自転車の鍵をどこかへ置き忘れて、男は隣の家で自転車を借りる。借りたことを忘れてしまって、どこかへ乗りっぱなしにして置いてきてしまう。勤め先から帰宅すると隣の奥さんがいいにくる。どこに置いてきたか聞いても忘れているので、男の最近の行動範囲を想像する。見当をつけて近所をひとまわりする。あった。長崎屋の前。丁重にあやまって返してくる。なにかヘマをやったと感じている、とまどったときの幼児のような顔つきをしていた。某月某日
あんパン五ケ バナナ一本 甘い卵焼き二片 プリン一ケ うな丼半分
うっかり忘れてあんパン一袋出しておいたらみんな食べてしまった。よく五ケも食べられるものだと感心する。某月某日
ちびあんパン三ケ 大福二ケ 甘い卵焼き四片 いちごのヨーグルトかけ一皿 ぎょうざ五ケ 醤油のおにぎり小さいのを二ケ
何度もトイレにいくのでおかしいなと思ってのぞきこむと、下着もズボンも汚している。下痢だ。いくたびにお尻をふいてあげると痛いといって大騒ぎする。「お前は他人の痛みがわからないのか」とか「雑なヤツだ」とか悪態をつく。これだけ元気があるので大丈夫だと判断する。薬屋に走って、男性用と書いてあるおしめを買ってくる。しかし、どうも変なのだ。股全体がおおえない。どうやって使うのかしばし考えこむ。わかった。それは小用のもので、男のものをくるっと包みこむものなのだと納得する。せっかく買ってきたのだからとりあえず生理用ナプキンの要領であてておく。翌朝男のももひきのくるぶしのところで団子になっていた。某月某日
好きなあんパンを食べない 病院に連れていく。なにも食べないので栄養剤の点滴をうける。時間がかかり途中トイレに行きたがる。点滴のビンをぶらさげて行く。血が逆流してしまってあわてて看護婦さんを呼んでさしかえてもらう。帰宅して腕の注射あとを見てこれはどうしたのかと聞く。某月某日
あんデニッシュ三ケ バナナ半分 オムライス半分 すいか一切れ あんドーナッソ一ケ 明治板チョコ一枚
勤務を終えて帰るといないではないか。自転車もない。夕方六時を過ぎても帰らないので迷子になっていることを確信する。八時過ぎ綾瀬警察署に捜査願いを出す。探すのは子どもだけで、成人の場合は探さないといわれる。発見されるのを待つだけかと聞くとそうだという。一応着衣特徴などいっておく。自転車だとかなり遠くまで行けるので、近所をぐるぐるまわっても仕方がないと保護されるまで電話待ちにする。夜十二時芝公園の近くの交番より電話あり。老人が真夜中一人で自転車に乗ってウロウロしていたので職務質問されたのだろう。自転車に住所氏名電話番号が書いてあったので判明。夜中なのに、自転車も乗せられる車を持っている同僚に頼み込んで一緒に迎えにいってもらう。警察署でイスに腰掛けているのをみて安堵する。男は、迎えにくるまでの間お巡りさんにヌードの絵を 三枚描いてやったという。一枚はそそるような煽情的な身体つきにしてやったといたずらっ子の眼でいう。手が覚えた技術は忘れないのだった。ポケットに財布が入っているのに、飲まず食わずでひたすら家を探していたらしい。深夜二時帰宅する。十二時間近く自転車に乗っていたので唇はカサカサお尻が痛いという。某月某日
あんパン二ケ プリン一ケ アップルパイ一切れ 甘い卵焼き一片 かにシューマイ二ケ つくね二ケ 穴子押し寿司四ケ
なぜお尻が痛いのかと聞く。迷子になって警察のお世話になったことを話してやる。夜中迎えに行ってくれた同僚のことを話すと「悪いことをした おわびに行きたい」という。 しばらくすると、またなぜお尻が痛いのかと聞く。必ずおわびに行きたいとしめくくる。なんどもなんども聞く。なんどもなんども答える。なんどもなんどもおわびに行きたいと しめくくる。そうして日が暮れた。
（「あとがき」より）
目次
- 花占い
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- 引力
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- 剥落
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- 都こんぶ
- うどん
- 地図
- 別の家族
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- がらんどう
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- ふり
- 置物
- イイカ イイカ
- 適齢期
- 階段
- ヤマンバ
- シチュー
- 夫婦
- 写真
- おまけ
- 洗濯物
- ドッコイショ
- ヤクショ
あとがき
