2016年8月、藤原書店から刊行された村上紀史郎(1947~)による蜂須賀正氏(1903~1953)の評伝。
蜂須賀正氏とはどういう人物だったのか。まず、第一にいえるのは、当時の日本には珍しいスケールの大きな世界的な鳥類学者であったことだ。彼が終生追い求めたテーマは、『不思議の国のアリス』にも登場する絶滅した鳥ドードー。この研究を高く評価されて、アメリカやインドの大学から学位を授与されている。また、ヨーロッパ滞在が長いため、日本より西欧に知己が多かった。交友関係は、鳥類学者、動物学者から、世界経済を牛耳るイギリス・ロスチャイルド家の当主や各国の王族にまで及ぶ。
日本の鳥研究の仲間からは、国際的なキャリアがあるのに腰が低くて礼儀正しく、後輩の面倒見がいいと尊敬されていた。敗戦後の日本の鳥学を再興し、国際化するために研究者の論文を翻訳したり、若い研究者を指導したりしていたのだった。だが、こうした蜂須賀正氏像は、鳥類学に関係した限られた人たちにしか知られていなかったようだ。蜂須賀家の人々や旧家臣、華族社会の人たち、一般大衆は、それとは全く違った正氏像を抱いていたのである。
(本文より)
目次
プロローグ 毀誉褒貶の人
- オカミ ゴセイキョ
- 扱いに差のある新聞の計報記事
- 世界的な鳥類学者とスキャンダラスな侯爵
1 正氏のイギリス、日本人のイギリス
- いきものの構造を知りたい
- カモを愛した黒田長禮
- 鳥の研究を志した三人の学生――黒田、鷹司、内田
- 新種カンムリツクシガモの発見
- 英国留学の後見役は林権助駐英大使
- にわか成金の日本人がヨーロッパを闊歩
- ロンドンで遊び廻ったお坊ちゃまたち
- 皇太子裕仁のイギリス 8 徳島藩の語学教育と正氏の英語力
2 ロスチャイルドと絶滅鳥
- ロスチャイルド家の成人祝いは博物館の建設
- 年長のロスチャイルド男爵と親交を結ぶ
- ロスチャイルドに影響されて絶滅鳥ドードーの研究を
- 『絶滅鳥大図鑑』のドードーの説明
- ドードーは、マスカリン諸島にだけ生息する鳥
- 白ドードーとソリテア
- ロスチャイルドとの絶滅鳥談義
- 絶滅に近い動物を保護するベドフォード公爵
- 鳥研究で国際的な親交を広げる
3 イギリス留学中の調査・採集旅行
- 二〇歳でナイル流域探検旅行
- 熱砂の嵐に翻弄される
- 隣のダーウィンさん
- 親戚の鷹司信輔公爵に付き合って海鳥観察
- 日本流とイギリス流、どっちが残酷?
- ユスリカ除けの黒いヴェール
- トリング博物館と共同で北アフリカ横断探検
- 砂漠で生物の環境適応の不思議を知る
- 精緻で壮麗なアラビア芸術
- 目的のホロホロチョウを捕獲
- 鳥類学者デラクールの「エデンの園」
- 正氏の結婚話
4 有尾人」とムクドリを探すフィリピン探検
- フィリピンに「有尾人」を捕えに行く
- 日本生物地理学会を創設
- フィリピン探検は、ロスチャイルドとの約束
- 静寂の支配する不思議な世界で「竹の精霊」に出遭う
- 総勢三八人の大部隊
- 幻のムクドリをアポオオサマムクドリと命名
- バシラン島と山村八重子
- 船の相客は従兄の徳川家正
- 二度目のフィリピン探検に中村幸雄を派遣
- すでに鳥獣保護の視点を
- 世界各地の人々と対応した経験
- 女性問題で再度外遊
5 ベルギー政府のアフリカ探検隊
- 『大阪毎日新聞』がベルギー探検に記者派遣
- 寄り道しヨーロッパに着く
- モンバサから西へ、ヴィクトリア湖まで
- 異様な臭気のイナゴの雨
- 危機一髪、ライオンとの遭遇
- 初めてゴリラと出会った日本人
- 帰路は空からナイル下り
- 動物の剥製は欲しいが金がない科学博物館
6 ブルガリア国王ボリス三世
7 空飛ぶ侯爵の帰国
- 在日英国大使から外務大臣宛至急便
- 国際欧洲一周飛行競技に参加?
- ロンドンから東京への帰朝飛行
- 日本唯一のオーナー・パイロット
- 山階侯爵邸の標本館完成
- 蜂須賀家の家宝をオークションに
- 正氏の女性問題スキャンダル
8 日本野鳥の会の出発
- 鳥と散歩する人――中西悟堂
- 鳥と友だちになる方法
- 「野鳥」という言葉をつくる
- 富士須走での探鳥会
9 大回りの帰国
- ロンドンからブルガリアへ飛ぶ
- ボリス三世の厚意に恐縮
- 天皇とイギリスのリンネ協会
- 大英博物館にある正氏の研究室
- 帰国の途中でパナマに寄り道
- ロサンゼルスで重病に罹る
- 絶滅鳥ドードーの論文に着手
- オークションで貴重なドードーの絵を入手
- 白ドードーに新しく学名をつける
- 人間によって絶滅させられたオオウミガラス
- インドとアメリカの大学から学位を授かる
- 蜂須賀正氏の結婚と熱海の別邸
- 愛らしいコロンビア産のスクリーマー
- 温泉浴室には熱帯植物が茂り、ハチドリが舞っていた
10 戦争中の蜂須賀正氏
- 不良華族を宮内省が処分
- コスモポリタン蜂須賀正氏
- 薩摩治郎八の見送りと原田熊雄との会食
- 戦争を無視しようとした鳥学会
- 正氏最後の海外旅行
- 中国第一の鳥学者任國榮を思い出す
- みやげはオオアタマガメに、鰱と草魚
- カモの無双網猟を見学
- 山階侯爵の学位受領祝賀会
- 『鳥』『野鳥』と相次いで終刊
- とうとうみんなとられちゃったよ
11 「マサは天才だったんだよ」
- 鳥類学者ドクター・オースティン
- 正氏、中村幸雄の子息を指導
- 鳥好きは世界中どこへ行っても同じである
- 学位授与と<悲劇>の本
- 鳥と一緒の生活が戻ってきた
- 泥沼の家庭生活と急逝
- もう一つのスキャンダル
- アメリカの蜂須賀コレクション
- 生き方を象徴する終生のテーマ
エピローグ 二○一四年、正氏の研究が注目される
あとがき
蜂須賀正氏関連年譜(1903-1958)
参考文献一覧
主要人名索引