2018年8月、土曜日術出版販売から刊行された矢部公章(1956~2018)の第2詩集。装幀は谷繁淳子。
期せずしてこのような時期に第二詩集を出すことになった。あえて「期せずして」というのは次のような事情による。定年後引き続き現在も勤務している高校を退き時間に余裕のできた頃、はるか以前二〇〇五年に出した『七つめの疑問詞』以後に発表した作品をもとに詩集を出そうという漠然とした計画はあった。
ところがこの二〇一八年五月初旬に、胆管癌ステージⅣ、平均余命一二か月という告知を受けることとなった。このあまりに過酷で絶望的な状況が誰でもない他ならぬ自分自身に降りかかってきたことを受け入れざるを得ないと悟ったとき、第二詩集の編集を直ちに始めようと決意した。私という一人の人間が存在したということを詩集の出版によって証しておく。それこそが残されたあまりに少ない時間のなかで私にできる仕事だと考えたからだ。
詩集では父祖、生まれ育ってきた村、鳥取県東中部を含む地方などの生活の場を題材にした作品群を中心に編集した。そのような題材は全く平凡なものだろうが、私の家に残る古い道具や生まれ育った風土を手掛かりに模索した自分探しは決して他者の模倣ではなく、一つずつが私にとって必然性のあるものだったと感じている。それ以外に詩集の主要テーマとは直接は重ならないが、捨て難かった作品を付け加えた。
今、急激に体力が落ちていく身体状態に抗いつつ、久松山を見渡せる病院の七階ロビーでこのあとがきを書いている。これもまた一つの宿命だろうか。
詩集制作にあたっては常日頃から詩の指導を受けてきた「菱」代表・事務局である、手皮小四郎氏に事情をすべて打ち明け全面的にお願いした。深甚なる謝意を表したい。
装丁は鳥取県現代詩人協会の「とっとり詩集」で高い評価を受けてきた画家の谷繁淳子さんに依頼した。私が次に詩集を出すときの装丁者は彼女しかいないと以前から決めていた。谷繁さん、こんなかたちでの出版となったけれど本当にありがとうございます。
(「あとがき」より)
目次
- 拍子木
- 百足の家
- カマキリの家
- 椋の木
- 秤
- ムジナ
- 鉈
- 年切りの柿
- 台秤
- 庭の湯
- 外
- 清徳寺の秋
- 砂の灯台
- 潟湖
- 投入堂
- 池田家墓所のアメリカザリガニ
- 転車台
- 水の蟹
- Y鉄道 五月 夕刻
- にわたずみ
- 朱
- 通り過ぎたあとで
- ホームズなら
- 書きかけている詩
- はかる
あとがき
書評等
菱 矢部公章追悼号(daily-sumus2)
詩集『にわたずみ』(喫茶輪コーヒーカップの耳)