1985年12月、神戸新聞出版センターから刊行された兵庫詩人アンソロジー。編集は君本昌久と安水稔和。
昨年の七月、私たちは『神戸の詩人たち―戦後詩集成』を刊行した。これは戦後の四十年間に兵庫県下で活躍した詩人たち四十八人の詩二百五十六篇を収録したもので、戦後詩の流れがまざまざと読みとれるものとなっている。そこで、当然のことながら、戦後詩集成を出したからには戦前詩集成を編もうではないかということになり、明治・大正・昭和戦前の七十年にわたるアンソロジー『兵庫の詩人たち』の刊行にひきつづき取り組むことになった。
鬱蒼としたコトバの森にわけいって、アンソロジーを編むについては、新しい事実を発見する歓びもさることながら、詩集を探し資料を求めることはまことに宝探しの趣きがあり、前著『神戸の詩人たち』の場合とは隔絶して、まことに難渋をきわめた。やっと探索のなかから、「無題讃美歌集」から杉山平一まで、一書五十人を選び抜き、詩集百五十六冊から三百五十六篇の収録作品を決定したのは、春を迎えるころだった。
このたびも一人の作品収容量を五貢(二段組)平均とした。これはかならずしも充分な量とはいえないが、兵庫県という限られた地域に輩出した詩人たちの実りの豊かさに触れられるだけでなく、明治以降の現代詩の精粋をたどれるものと考えている。
収録詩人五十人を生年で分けると、元治一人、慶応一人、明治四十二人、大正六人となるが、そのほとんどは故人であり、現存の詩人は明治一人、大正三人にとどまっている。
地域で分けると、豊岡、福崎、氷上、東条、出石の六人。龍野、姫路、加古川、赤穂、淡路、明石の二十人。神戸の七人。芦屋、西宮、尼崎の七人となり、詩人たちの活動の在所を示している。神戸・阪神間にかかわる詩人たちの活躍するのは昭和になってから著しく、明治・大正期にはそれ以外の地域で詩人たちの活躍が目立っている。女性詩人はわずか二人にとどまり、戦後詩の『神戸の詩人たち』の収録女性十人に比べて著しく少ない。また、詩史的区分をすれば、明治期は「無題讃美歌集」から川路柳虹まで一書十四人。大正期は佐藤清から八木重吉まで十三人。昭和期は竹中郁から杉山平一まで二十三人である。本書ならびに『神戸の詩人たち』の前身ともいうべき『一〇〇年の詩集―兵庫・神戸・詩人の歩み』が蜘蛛編集グループ(中村隆・君本昌久・伊勢田史郎・安水稔和)によって刊行されたのは一九六七年(昭和四十二年)であって、明治期一書十人、大正期十人、昭和前期十一人、戦後三十三人の作品が各一篇ずつ採録されている。その時点で判明しなかった十八人の詩人を本書では新しく採録することができた。それは、明治期四人(塩井雨江、三木天遊、柳田国男、一色醒川)。大正期三人(三木清、広瀬操吉、井上増吉)。昭和期十一人(木山捷平、亀山勝、藤木九三、水町百窓、九鬼次郎、詩村映二、植原繁市、大塚徹、八木好美、竹内武男、不二井滋)である。
本書では『神戸の詩人たち』で作成収録した「神戸戦後詩年表」につながる「兵庫・神戸=明治・大正・昭和詩年表」の作成を試みた。詩集・詩書・詩誌に重点を置き、なるべく原本に触れえたものを記録することに努めた。また、故人没年月日を記した。不明・欠落はまぬがれなかったが、後日これをもとにより完全なものにしたいと願っている。本年表から詩集と詩誌の推移を眺めてみると、明治期は三十一冊・詩誌ゼロ。大正期は五十六冊・十誌。昭和期は七十二冊・七十一誌。明治から昭和戦前までに出た詩集は百五十九冊、詩誌は八十一誌を数える。とりわけ、詩誌で印象深いのは、明治期にはなく、大正での十誌も関東大震災後のわずか二年のうちに八誌まで出ており、昭和になってからの七十一誌もそのほとんどが日中戦争までの十年間に隆盛をきわめた事実である。
本書での詩人の配列は、詩人の生年月日順にかならずしも捉われずに、活躍の時期を勘案して並べた。作品の配列は、詩集順・詩集内順を原則とした。ただし川路柳虹の初期の作品は制作順に配列して口語自由詩の成立の有様を示すようにした。文字づかいについては、漢字の旧字体は新字体に整え、仮名づかいは原文どおりとした。
採録した作品は次の諸書に依った。
『日本現代詩大系』『全詩集大成現代日本詩人全集』『明治文学全集』『兵庫詩人選集』『一〇〇年の詩集』『覆刻明治初期讃美歌』『新編柳田国男集』『内海信之人と作品』(内海繁編)『三木露風全集』『佐藤清全集』『賀川豊彦全集』『三木清全集』『稲垣足穂全詩集』(中野嘉一編)『八木重吉全集』『竹中郁全詩集』『坂本遼作品集』『木山捷平全集』『津村信夫全集』『植原繁市遺稿集』『花と流星の詩人』(高橋夏男)および各詩人の単行詩集。雑誌「詩創元」「青騎兵」「文芸汎論」「神戸詩人」。遠地輝武の「夢と白骨との接吻」は『日本現代詩大系』、他の作品は『遠地輝武詩集』から。
なお、神戸詩人事件に関する作品を収録することに留意した。竹内武男、小林武雄、亜騎保の作品のすべてと岬紘三の「戦役」「凍花信」は「神戸詩人」所載のものである。
(後記より)
目次
- 無題賛美歌集
- 第一
- 第二
- 第三
- 第四
- 第五
- 第六
- 第七
- 第八
- 井上通泰
- 花薔薇(カール・ゲーロック作)
- わかれかね(ユスティヌス・ケルナー作)
- 塩井雨江
- 湖上の美人(抄)(ウオルター・スコット作)
- 故郷の花
- 三木天遊
- 月の国
- 寝覚の月
- 秋の蝶
- 蝶の殻
- 柳田国男
- 夕ぐれに眠のさめし時
- 年へし故郷
- 野末の雲
- ある時
- 鶯がうたひし (夢がたり)
- 園の清水
- 母なき君
- ○<そは何ゆゑの涙ぞと>
- ある折に
- ○<我が恋やむは何時ならん、>
- あこようたヘ
- 夕づゝ
- 春の夜
- 薄田泣董
- 詩のなやみ
- 揖保川にて
- 杜鵑の賦
- ああ大和にしあらましかば
- 望郷の歌
- 妖魔『自我』
- 烟
- 岩野泡鳴
- ソ子ト(抄)
- 肉なる香にこそ
- 闇の盃盤
- 僕その物
- 監獄の壁
- 矢野勘治
- 嗚呼玉杯に
- 內海信之
- 雛鶏守(抄)
- なさけ
- 首途
- 田園にかくれ居て
- 翔り過ぎし鳥影
- 三木露風
- 雨の歌
- 静かなる六月の夜
- 去りゆく五月の詩
- 接吻の後に
- ふるさとの
- 雲の上の鐘
- 白き手の猟人
- 絶息
- 春
- 樽の唄
- 月と草木との囁き
- 沈黙の時
- 寂しき祈
- 前田林外
- なつばなをとめ(抄)
- 一色醒川
- 十字架の誇
- 黙せる時計
- 市のどよみ
- 暗香
- 座古愛子
- 病中歓歌
- 春雨の夜
- 有本芳水
- 異人さん
- 寒駅
- ふる里の海
- 播磨より
- 川路柳虹
- 壁の土
- 塵塚
- バタの鑵
- 曇日
- 小景
- 鼠
- 暴風のあとの海岸
- 春の頭(抄)
- 「我」を歌ふ言葉
- ふたたび「我」
- 佐藤清
- 西灘より
- うすらあかり
- 山道
- 生
- 荒野
- 竹友藻風
- 祈禱
- 窓
- 眠れる人のうへに
- 水夫のうた
- うた
- 人に
- 雨
- 船
- まぼろし
- 林
- 富田砕花
- 窓
- 言葉を失へる市街
- 焰の豹
- 蟋蟀
- 人間頌歌
- 匿されたる太陽
- 自らの声に驚く
- 温い言葉に飢ゑてゐる群れ
- 野の家にて(Ⅰ)
- 野の家にて(Ⅱ)
- 自主
- 冷たい火花
- 絶巓近く
- 無為の祭司
- 言葉
- 青い町
- 夕の祈溝
- 賀川豊彦
- 狂
- 雪の朝
- おしろいぬった壮士
- 泥濘
- 花?
- 三木清
- 小曲
- ふるさとの冬
- 無題
- 私の果樹園
- 広瀨操吉
- 天の親友
- 草を握って走る子
- 話後
- 夜の樹々
- 夜の雲
- 深尾須磨子
- 私は若かった
- 桃色の靄
- 愛
- 貞操の帽子
- 鬼あられ
- 春のタベ
- 笛吹き女
- 怨み
- 稲垣足穂
- 馬をひろった話
- 追っかけられた話
- アリストフアネスと帆
- タルホと虚空
- 晩二つ
- 質屋のショーウインドー
- 福原清
- ふるさとにて
- 日の涯に
- さみしい緑
- 高架橋から
- 沖の浪間に
- 水禽
- 孤寂
- 想ひ
- しゃぼん玉吹く
- 夏の日に
- 山村順
- 若き父の憂鬱
- おそはる
- ぴんぽんの話
- 夜航
- ナマリ色ノ飛行
- 遠地輝武
- 夢と白骨との接吻
- DADA考察
- まひるの月
- 四月十六日の詩
- 深淵
- 鶯
- 嗟嘆
- 文字
- 井上増吉
- 人肉の廓ヘ
- 西瓜の皮
- 活動写真の旗持の群と男の子
- 淫売婦の末路
- 生れざりせば
- 貧民窟を救へ
- 八木重吉
- 息を 殺せ
- 白い枝
- 朗らかな 日
- うつくしいもの
- 心よ
- ほそい がらす
- 人を 殺さば
- 水に 嘆く
- 鳩が飛ぶ
- 草に すわる
- ○<てくてくと>
- ○<こどもがよくて>
- ○<ぽくぽく ひとりでつゐてゐた>
- ○ぽくぽく/ぽくぽく/まりをついてると>
- こま
- ○<きりすとを おもひたい>
- ○<わが子を/右のわきにかかヘ>
- ○<おもうこと/なにも成らぬとき>
- ○<いたみある日>
- ○おどろきの/かたまりよ、>
- ○<秋になったゆえか>
- ○<冬のはじめ>
- ○<おもへば/鳥はともである>
- ○<うつくしく/はれわたった師走のひるごろ>
- 母の瞳
- 花がふってくると思ふ
- 果物
- 人形
- 美しくあるく
- 桐の木
- 素朴な琴
- 愛の家
- 頌栄
- ○<種子といふことば>
- ○<ただ好きになれといふ>
- 竹中郁
- 撒水電車
- 廻転鞦韆
- テニス
- ラグビイ
- ボクの反射
- 夢の結果
- 闘牛1
- 闘牛2
- スーチンの雉
- 巴里の裏町
- 白い髪毛
- 廃屋
- 枇杷即興
- 車中偶成
- 坂本遼
- 時雨
- 春
- 日向
- やいたをたてる母子
- 四月二十五日
- 春
- 牛
- ●<牛は/高い小まい格子窓<首をのばして>
- おかんの死
- 衣巻省三
- きつね
- ドストイエフスキイ
- ムッシュウ・キヌマキ
- 月に答う
- 女工提灯競走2
- 郊外電車
- 銀の小魚
- 春のやうな晩
- 夜曲
- 鈍重な蝶
- 木山捷平
- 飯を食ふ音
- 電信工夫
- ふらふらと
- おしのを呑んだ神戸
- 夜道を三里
- 初卵
- おしのの腰巻
- 神戸のマッチ工場から帰ったおしの
- 月夜の橋上から
- ある風景
- 新秋
- 蚊遺火
- 亀山勝
- 内国航路
- 春の夜
- 曇天
- スキー
- 動物園(抄)
- 星
- 劇場
- 喜志邦三
- 跫音
- 晩禱の時
- 火の戦慄
- 海の吹雪
- 海港の秋
- 朝
- 貝殻
- 燐寸の火花
- 傾斜
- 秋の日記 一失業者の手記
- 空砲 農村青年のうたへる詩
- 紅きともしび
- 秋水賦
- 藤木九三一
- 太陽を摑む者
- 垂直の散歩
- ”岳”から降りて来た男
- 中山鏡夫
- わが心
- 七夕祭
- 海辺の歌
- 淡路島夜曲
- 水町百窓
- 遠い僕
- 落下する物質
- 物質の上の物質現象
- 放光
- 詩の方法
- 素材
- 僕
- 光本兼一
- 明石海峡
- 神戸の詩(抄)
- 花瓶と薬瓶
- 苦悩
- 死の附近
- 冬風の夜
- 九鬼次郎
- 嬰児の詩
- 無題
- 饒舌
- 宿の色情
- 死斑<ある女・その二>
- 詩村映二
- 春芽
- 春顔
- 春の淡路島
- 海景の距離
- 歩哨兵
- 植原繁市
- 短唱三篇
- 灰色の紙鳶
- 流星
- 寂しさ
- 秋空
- をんな
- 泣く児
- 大塚徹
- 北海の蟹
- いたつきの秋
- 生樹を焚く
- いたつきの春
- 八木好美
- 防風林の詩
- コスモスの家の詩
- 秋・谿流の魚
- 人生
- 竹内武男
- 日没はちぶれた影をたてて
- 海のニタ
- 小林武雄
- 田舎星菫主義
- 一幕物
- 亜崎保
- 神話主義雑考
- レモン畑の意地悪
- 浜名与志春
- 午後
- 田園詩
- 夏季学習帖
- 診察の耳
- 診察の耳 en suit
- 渇ける土
- 冬のをはり
- 岬紘三
- 狼烟
- 燐のにほひ
- なま血
- 霙
- 乱菊
- 戦役
- 凍花信〈第弐〉
- 梅の覚書
- 津村信夫
- 小扇
- 鴉影
- 雪球
- 旅装
- 春の噴煙――佐久の平で
- 千曲川
- 愛する神の歌
- 川中島を望む
- 父が庭にある歌
- 早春
- 戸隠姫
- 戸隠びと
- はるかなものに
- 冬の夜道
- 不二井滋
- 町の出来事
- 路上詩篇
- 曇天
- G村にて
- 杉山平一
- 橋の上
- 黒板
- ストーブ
- 夜学生
- 町にて
- 桜
- 邂逅
- 鉄道
兵庫・神戸=明治・大正・昭和詩年表 1868(明治元)年~1945(昭和20)年
後記