1991年12月、文治堂書店から刊行された和巻耿介(1926~1997)による新居格(1888~1951)の評伝。表紙似顔絵は柳瀬正夢。
暑い日だった。
大塚製薬グループPR誌「大塚薬報」編集長の大坂峯子さんを煩らわして、わたしは鳴門市大津町大幸にある新居格の生地へ向かった。
格の文学や思想をつたえ評価するのは、他に適当な力がいらっしゃる。
格の人間、体臭を幾分かでもつたえられるものを、書こう。この仕事を受けたときに、わたしはそう思った。それには格によく接した人か、肉親の方のお話をきいておきたい。
壮年期の格を識る先輩友人はもとより後輩もすでに亡く、なんとか手がかりがほしい。旧居はすでに無く新居家の広からぬ敷地の一角に、親類のご老人が独り住んでおられ、その方から東京に末娘の美智子さんがご健在であることを告げられた。
ほっとした――ぐらいではいい足りない。
元田美智子夫人は快くわたしが請うところを容れてくださった。ご夫君の元田茂北大名誉教授も「まだ整理は行き届いていないが」とおっしゃりながら資料を貸与してくださった。日記の閲覧を許されたのも望外の倖せであった。「自分は船に乗っていたから慣れている」とおっしゃって、みずから資料宅急の荷造りまでしていただいて恐縮した。
資料をよくこなしたとは思っていない。準備の時間がすくなかったも、言訳にならない。
しかしご夫妻のお力添えや、社会人になってからの日記(欠落部分もあるが)がなければ、わたくしの貧しい筆はさらに貧寒たるものになっただろう。不完全ながら新居格という人の息吹きを感じてもらえれば、と願っている。ありがとうございました。
(「あとがき」より
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あとがき