1969年9月、彼方詩社から刊行された齋藤怘(マモル)の第2詩集。装幀・装画は斎藤求。
少年の頃、私は毎日漢江の河原に立っていた。大河を下る筏のうえから、夕餉をかしぐほそい煙がただよい、流れをこえてその国の歌がきこえて来た。
漢江は京城の南をゆっくりと流れ、麻浦(まほ)をとおり、やがて黄海にそそぐのだが、そこにはいつも、吸い込まれそうに深いコバルトブルウの空があった。一九四五年の冬近く、私は漢江に別れをつげた。日本に帰される前の日、私は漢江大橋を渡っていた。荷の重さで、おしている自転車のハンドルは浮き、幾度か横だおしになった。
荷の中には毛布や衣類のほかに、九鬼周造著「文芸論」、登張竹風訳「如是説法ツアラトーストラー」、改造社版「現代日本詩集」の三冊の本と、詩のノートが一冊入れてあった。その冬の風は身にしみて冷たく、結氷期に入るまえの青い流れに、とおく浚渫船が浮んでいた。
再び漢江を見ることもない東京に住んで、私は漢江につながる作品をいつか書こうと思っていた。ためらいながら、私はいまそれを上梓する。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ 高麗野の里
- 漢江
- 倒れた石佛
- 葬列
- 石人
- 城堭
- 浚渫船
- 張相
- 春聯
- 細い道
- 雛の墓
- 日の下の記憶
Ⅱ 隠亡の歌
- 失業
- 影の人よ
- 隠亡の歌
- 胸
- 胎内への憧憬
- 失意
- 川辺
- 辯解
- 帰郷
- 宿命
著者への手紙 入江亮太郎
あとがき