1963年3月、白玉書房から刊行された大鹿卓(1898~1959)の遺稿歌集。
月日は早いもので、主人が亡くなりましてから、この二月一日でまる四年になります。數々の想い出のなかで、一番印象深く残っておりますのは、歌想をねっていたであろう四季折々の姿であります。冬は居室の陽だまりに、夏は北側の四畳牢に、廣くもない庭をあきもせず眺めあかして居りました。花が咲いても、鳥が來ても、雲の色、日の光り、何でも歌になって仕合せなことと冷やかしたものですが、小説を書いている時の眉間のしわがとれて和やかな顔に變るのは、心から樂しんで作っていたからでありましょう。晩年何かと不遇だったときに、また病院で闘病の苦しかったときに、歌によってどんなに救われていたことかと思います。
故人が和歌を始めたのは、昭和十二、三年頃のことでありました。それ以後、小説よりもはるかに歌に心を託して居ったようで、入院してからはとくに、何かといえば鉛筆をとって手帖に書きとめておりました。したがって、それはかなりな數に上り、私にとっては、どの一首にも感傷をこえた切實なものがありますが、このたび、故人の親しくしていただいた皆樣のおすすめにより、その中から二百餘首をとって一巻にまとめることが出來まして、心からうれしく存じます。
故人は、全快の後には上梓したかったらしく、さいわいに自撰した稿本を遺してくれましたので、三十二年秋の作まではそれにより、以後歿時までの作中からは、いつも歌の聞かされ役であった松下英麿さんに選んでいただきました。
この一巻の刊行の話がでましたとき、さっそくに、長年師事致しました佐藤春夫先生にご相談申上げましたところ、數々の温かいご教示を頂き、集の名を『松の實』とお撰びたまわり、また立派な序文をも頂戴してお禮の言葉もございません。先生には、後々までもお世話になるばかりで、故人も地下で、さぞ喜んだり恐縮したりしていることと思います。
(「あとがき/大鹿長子」より)
目次
敍文 佐藤春夫先生
- 渡良瀨川遺跡 六首
- 松風 一首
- 信濃 三首
- 古事記 一首
- 落葉 一首
- 南船北馬 二九首
- 病臥 一首
- 挽歌 三首
- 高井鑛山 三首
- 白菊 三首
- 大年 一首
- 八月十五日 二首
- 杜影 一〇首
- 山居秋意 四首
- 裾野 四首
- 迅風 二首
- 春愁 一首
- 奧美濃 二首
- 五浦 四首
- 秋懷 二首
- 立春 一首
- 展墓 二首
- 庭蕪抄 四首
- 綠蔭 一五首
- 殘雪 一五首
- 淀川 三首
- 街上偶感 二首
- 朝寒 四首
- 淺間高原 二首
- 秋艸道人を偲びまつりて 七首
- 五月雨 三首
- 病中苦吟 一二首
- 蓬髮吟 一〇首
- 病床新春 五首
- 遊心帖 一九首
- 續遊心帖 一二首
- 紅薔薇 四首
- うひ孫 六首
- 菖蒲 三首
- 白菊抄 五首
- 除夕所懷 三首
- 春 六首
年譜
あとがき