るゆいつわ 江尻潔詩集

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 2006年6月、思潮社から刊行された江尻潔の詩集。別冊は、タカユキオバナ「日仮の姿 愛ハナリヤマズ」、田野倉庸一「『原初』の体験」。江尻は足利市立美術館学芸員

 

 ここに納めた十七篇はすべて「光」の名であり、その変容態です。初出は平成十三年十月、館林SPACE-Dにて開催した個展「そらつね」です。詩にはひとつひとつ「像」が付されています。展では五つのみの出来でしたが、今般十七篇すべて出揃いました。「像」を付したのは、活字だけだと掬い取れないものが多々あり、どうしてもこのようなものがなくてはならないと感じたからです。どこからともなくおとずれたものを音が音として響く以前、声が声として発せられる以前の状態をのこしつつとどまらせたい想いがあります。やがて核となる「ことば」が生まれ、かのものの「からだ」が「ことば」に置き換えられます。かのものが私と切り結んだとき鳴り(成り)響くものをそのままとどめるのは難しく今のところこのような「像」しか想い浮かびません。都合、ことばと像の組み合わせは十七組です。
さらに詩の五十音を数に置き換えその総和を載せてあります。数に置き換えた方がそれぞれの詩のもつ「はたらき」が明らかになると思われるからです(「ことば」から「こと」への最初の受肉化です)。「はたらき」ごとに分けると、この詩集は次のとおり五部から構成されます。
◆「ひのすずたき」から「まみはしら」まで―光の出現とそのとどまり方
◆「ことのはのる」から「ひのいつは」まで―ことばのはたらきと人の出現、植物とのかかわり、
◆「ひのきりか」から「くしふるたき」まで―さらなる光のおとずれ
◆「やつかとみ」から「みおちめお」まで―光の導入法と「愛」によるむすびのはたらき
◆「みかのむすひ」から「とおのねふり」まで―未出現なるものと出現者、あるいは無限なるものと有限者との出会いとむすびまた、最後にある「とおのねふり」は最初の「ひのすずたき」と繋がり、さらなる展開を促します。
 以上が今のところの私の解釈です。解釈はいくとおりも可能ですのでご自由にお読みください。

 かつてこの国は「言霊の幸ふ国」と呼ばれておりました。ことばが本来の力を取り戻し、新たな「界」を開く「はたらき」をふたたび備えること、私がこの詩集に託す願いは「言霊の幸ひ」、この一語につきます。(「あとがき」より)

 

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