千歳空港の到着ロビーを出て、高速バスの切符を買い、バス乗り場に向かう。バスを待つ間、ぼくは煙草を吸う。父と母の住む札幌の十階建てのマンションの一階にあるバスターミナルへ、そのノンストップバスは行く。道端には春と夏の草花がいっせいに風に揺れて咲いている。見馴れた乳製品や銘菓、蒲鉾の巨大な看板。そして、バスを降り、階段を降り、地下鉄に向かう手前で、地下道を右に折れ、ドアを三つ押し開けて、マンションのエレベーターホールに出る。この八階にぼくの両親は住んでいた。ふたり揃って生きていた頃も、父が死んだ日の夜も、父が死んで母ひとりになってからも、母を迎えに行った日の午後も、ぼくはそうして幾度となく千歳空港の到着ロビーを出て、高速バスの切符を買い、バスに乗った。それらすべての、短い夏と、震えあがった冬の景色を、ぼくは克明に描くことができる。家の間取りも、ひとつひとつの家具の位置も、家族で過ごした最後の正月も、夏の旅行も、何もかも、ぼくはいまでも、昨日のことのように思い出すことができる。アルツハイマー型認知症の母を、わが家に連れて来て、五年目が過ぎようとしている。いまの母の毎日は、この詩集に載せたどの詩よりも、症状が進んでいる。
(「あとがきにかえて」より)
目次
- 雑草*
- 食べる
- 母のこと*
- 春*
- 夏
- 母の話*
- 知床旅情
- 陶芸と書道
- 日はめぐる
- 屑物入れ*
- 雑草**
- 時計*
- 母といて*
- 紙きれ
- 母のこと**
- 一瞬
- 屑物入れ**
- 母の話**
- 時計**
- 道のり
- 母といて**
- 春**
- 廃墟
あとがきにかえて