1959年9月、講談社から刊行された斯波四郎(1910~1989)の第2著作集。装幀は伊藤明。斯波は毎日新聞社勤務。
私達は世間や、職場、あるいは家庭の男女の間において自分以外の人間に対面させられるし、そこで色々の対話をする。一番無難な話題は、お天気の話である。いやお天気の話が、無難と思うのはまちがいで、声の抑揚、目つきでもって、どのような気持で「よい天気ですな」といっているかすぐ分る。人のいるところ、いかなるところといえども、個我と個我とはぶつかりあい、それをなだめるのは、ただ大小の会議があるばかりだ。会議とはいうまでもなく政治で、なだめられたと思う個我は実は決してなだめられてはいので、その怨恨は深く私達の心の奥に根をはって、陰の部分をつくる。夜中にその部分は羽根をひろげ私達の心はいたむ。
あくる日、私達は世間へのこのこと出てくる。いや妻さえも子供さえも、既に世間である。世間の縮図は家庭の中にも入りこんできている。斯波氏がよく口にするように、夫婦というものは、狐と狸みたいなものだ。それぞれのいたむ個我をいだいた万里も離れた世界に住みながら、互いにバカしあっているのだ。
こうしてあくる日世間へ出てくると、そこで怨恨はつのる。
斯波氏の主人公はこの種の怨恨を、大切に抱いて、ビルの見える街からも、家からも離れて森の中の樹下に赴き、そこで、この怨恨をはぐくむ。
(「解説/小島信夫」より)
目次
- 街・G・R・M
- 羊歯の紋章
- 夜間登攀
- 檸檬・ブラックの死
解説 小島信夫