1988年1月、石川書房から刊行された久葉堯(くばたかし・1955~)の第1歌集。コスモス叢書第267篇。
私は、山口県は山陰側の小さな町に生れ、大家族の中で育った。日本海に臨むその一帯は北浦と呼ばれ、穏やかで明るい自然に恵まれているが、冬は陰鬱な日が続く。私は北浦の冬が嫌いだった。私の作品の中の明るさと暗さは、この風土の影響が相当あるのではないかと思っている。
高校を卒業して、関西、博多と一人で移り住み、青春特有の自恃と傲慢さをもって大学に入るまでの二年間を過ごしたが、また一方で、自分を対象化できずに随分苦しんだ。そんな時出会ったのが短歌だった。その出会において私は、表現の手段という以上に、過剰な自己を律し、鎮める方法として短歌を選び取った。
都市生活者として作歌を続けているうちに、〈故郷〉や〈家〉がくきやかに見えてきた。それは必ずしも懐しい対象ではなく、時として枷のように感じられた。太宰治が「汝を愛し、汝を憎む」と記したように、私にとっても〈故郷〉や〈家〉は、愛憎の間を揺れ動くものとしてこののちも在り続けるだろう。
今度作品を読み直して、故郷や家族を詠んだ歌があまりにも多いのに驚き、自分の歌の狭さを思い、何度も歌集上梓を断念しようかと迷った。そんな私がなんとか歌集を纏めることができたのは、このシリーズに加えてもらったことと周囲の人々の励ましのお蔭である。
昭和五十年十二月に「コスモス」に入会した時、宮柊二先生はすでに御病気の身であられたが、常に暖い目で見守っていただいた。心からお礼を申し上げたい。すぐれた先輩歌人が奔き合う「コスモス」という集団の中で鍛えられ、また同世代の人々と交流をもてたことは大きな力になった。さらに努力し、歌を深化させたいと思っている。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
- 西瓜の種子
- ががんぼ
- 砂時計
- 海の肌
- 白木蓮
- 春の帰郷
- 心の沖
- 萍
- 月の色
- 夜半の雪
- 別離
- 葦切のこゑ
- 象
- 街の瞬き
- 長子
- 毬藻
- 月球
- 泥濘戦
- 桜
- 朴咲く
- 青卍
Ⅱ
- 婚
- 暮春の雨
- 水餌
- 教室
- 光る奈落
- 冬の坂
- 家刀自
- 黎明の雪
- 夜の学校
- 母性
- 水かげろふ
- 青桐の蛇
- 天の弦楽
- 海鳥
- 笹鳴き
- 灯の曼荼羅
- ゆふがほ
- 火の雲火の波
- 星座図
- 父の吃音
- 若草楽団
- 蝶のみち
- 調律師
- 林檎
- 枯故郷
- 冬の苺
- 近江
- 夜空
あとがき