1986年11月、石川書房から刊行された桑原正紀(1948~)の第1歌集。コスモス叢書第261篇。
とうとう私も歌集を出すことになったか、というのが実感である。今まであまり熱心な歌人ではなかったもう一人の私が、どこかでシニカルな笑いを浮かべているようで何とも落着かない。しかし考えてみると、昭和四十八年にコスモスに入会して以来、もう十年以上も短歌に関わってきているわけで、このあたりでひとつの態度表明をすることは義務というものでもあるだろう。
ただ、私の歌は総じて貧しく、やや観念的で理屈っぽい。それはそれで自ら恃むところの結果であるには違いないが、ひょっとしたら〈短歌〉というものからかなり遠い処を徘徊しているのではないかという恐れが、いつも私の頭の片隅にあったように思う。しかし私は、それを承知の上で、あえてこの観念臭と縁を切ることをしなかったし、おそらくこれからも何らかの形でそれにつきまとわれることになるのであろうという予感がしている。もっとも、この観念臭と縁を切るのはさほど難しいことではない。抒情詩としての短歌の〈本道〉に帰れば済むことである。ただ、今の私はそれを潔しとしない。たとえ困難な道であろうとも、時代の思潮に耐え得る詩形、思想を盛る器としての短歌の可能性を、もうしばらく探ってみたいというのが本音である。しかし、何と言ってみても創作は作品がすべてである。ここにまとめた歌群は、そういう私の価値観で測ったものであるにしても、試行錯誤のはての瓦礫の山のようなものであることもまた否めない。この口惜しさを味わうことができただけでも、この歌集刊行の機会が与えられたことは有難いことであった。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
Ⅱ
- みだらなる白
- 晩夏の馬
- 三界にさまよふ
- 擦過する刻
- 胸底の獣
- 昭和末世
- 死者の声
- 父への散華
- 残滓いくひら
- 暗き季節
- 火の舌
- 都市幻想
- 受胎告知図
Ⅲ
あとがき