2003年10月、筑摩書房から刊行された岡本敬三(1950~2013)の短編小説集。装幀は望月通陽。「日々の余白」は2001年度新潮新人賞最終候補作品、「根府川へ」は2002年度太宰治賞最終候補作品、「無言歌」は2003年度太宰治賞最終候補作品。
千円札を一枚、ズボンの尻のポケットに入れ、町を行くと、電柱に蝉が短く鳴いてしがみつくようにしている、ブルドッグならぬムク犬は犬小屋から赤い舌先をのぞかせている、プール帰りの子どもの乾きかけた髪に光がおどる、八百屋の昼の店奥では越路吹雪が愛の歌をうたっている。
大きな悲劇や深い絶望はあいかわらずこの世界を覆っているけれど、ささやかで静かな風景もまた世界を支えている。生きのびるためには、自分以外のたくさんの生きものと彼らの呼吸が必要だ。子どものころから大人にいたるまでに出会った物語、同時に生活と風景がなかったら、たくさんの肉親と畏友・知人がいなかったら、書くこともできなかったし、これから書き続けることもできないだろう。
(「あとがき」より)
目次
- 日々の余白
- 根府川へ
- 無言歌
「ふんふんなんだかいいにおい」(加藤典洋)
あとがき