1979年4月、船方一詩集刊行委員会から刊行された船方一の詩選集。題字は春日正一、装幀は飯島俊一。編集委員は、伊藤博、岩藤雪夫、扇谷義男、神谷量平、近藤東、島田宗治、古沢太穂、松永浩介、山田今次。
船方一が交通事故で亡くなったことを聞いたとき、わたしは酒好きの彼のことだから、酔っぱらって、街をふらふら歩いているところをやられたのかと思った。ところが、よく話を聞いてみると、自転車で組合の仕事を終えての帰途、トラックにはねられて死んだということだった。わたしがとりかえしのつかぬ彼の死を、一瞬にしろ、酒とむすびつけて考えたことは、まったくわたしの錯誤であり、申訳けないことでもあるが、わたしにかぎらず誰しもそう思わざるを得ないほど、彼と酒とは連想的に考えられた。
彼の酒好きは、ある意味で彼の生涯の象徴といってよいであろう。つまり彼は船頭の子として船の中で生れ(船方一というペン・ネームはここから来ているらしい)、生涯のほとんど大部分を苦しい労働に終始し、酒でも飲まなければやりきれないというような状態で、喘ぎ喘ぎ生きぬいた詩人である。若しも彼が詩をつくるという一つの精神の自覚めに逢着しなかったとすれば、あるいは彼は単に悪い酒に溺れ、貧乏に押し流されてしまったであろう。しかし彼は酒が好きであると共に詩が好きであり、その好きな詩の網の中に貧乏という魚をとらえ、その魚の正体をつ
きとめることに必死となった詩人である。
船方は最初の詩集『わが愛わ闘いの中から』の「あとがき」で、「この詩集に歌われているような、私のよろめき、よろめきの闘いの歌声さえ、ながい間とじこめられ、おさえつけられ、働く仲間たちの胸にひびいてゆくことをさえぎられて来た」というふうに書いているが、酔っぱらいがよろめきながらもちゃんと自分の家に辿りつくように、彼はよろめきながら、自分のたたかいの道筋を決して忘れなかった詩人である。それが交通事故という思わぬ障害にぶつかって、これからなおやりとげねばならぬ多くの仕事を残して生涯を終えたことは、惜しんでも余りあるといわねばならない。
(「序文/壺井繁治」より)
年譜の末尾にある「船方一歿後二十年を偲ぶ夕」の席上、来会者約五〇名の総意によりこの詩集の再刊がきまりました。それから約一年半、迂余曲折を経てようやく刊行に至りましたことは、ひとえに内外の終始変らざる御支援の賜物と深く感謝申上げます。
当夜の来会者五〇名の方々が全員実行委員を快諾され、編集委員、刊行委員を選出し、以後よりより協議を重ね、募金に予約募集に種々活躍されたことを厚く御礼申上げます。
はじめは生前唯一の詩集「わが愛わ斗いの中から」と遺稿集「舟方一詩集」を併せて全詩集とする方針を立てましたが、残念ながら四○○頁を越える大冊となり、予算的にも体裁の上からも不可能となり、「わが愛わ斗いの中から」は全部を集録しましたが、遺稿集からは相当数の詩篇を削除せざるを得ませんでした。しかしその結果同じような内容のものや、冗漫とも思われる詩が除かれ、戦後詩については始めて厳選された形になったのではないかと思っております。船方一の詩は戦前のものがよい―というのが大方の評価ではありますが、戦後詩の、その昂揚期と低迷期、さらに晩年期の清澄な帰結に至る過程を辿るならば、人間船方一の詩として、戦前詩を補足してなお余りあるものと信じております。未発表の詩は一年有半の探索と呼びかけにもかかわらず、ついに二篇にすぎませんでした。詩論、ノート、書簡も頁数の関係ですべて割愛せざるを得ませんでしたが、いずれ別の機会を待ちたいと考えます。年譜の訂正では島田宗治氏の聞き書きによるところが多く、深く感謝いたします。万全を期しましたが、なお大方の御叱正を期待しています。船方一は時に舟方の字を使用している個所がありますが、最初の詩集の船方に統一しました。
(「あとがき」より)
目次
序文 壺井繁治
・わが愛わ闘いの中から
- ふるさとえの歌
- 失業登録の朝
- 鐵の炎の歌い手に
- 同志小林多喜二に
- 河べりで
- くるしみの中からうまれた歌聲に
- 河(その一)
- 一日の仕事をおえて
- 夜の河べりをあるきながら
- 一つの成長のよろこび
- 人足の歌
- 仕事場の歌
- 横濱の港で
- 朝
- まだ見ぬ同志におくる歌
- 朝のひととき
- 雨のふる日の歌
- 私のプロフイル
- けつをわる
- 海邊の街で
- 京濱鶴見潮田風景
- 歌うことの悲しみにまさる悲しみわない
- 歌うことの喜びにまさる喜びわない
- ゴリキイの柩におくる
- 新しい住居によせて
- 歌一
- 歌二
- 歌三
- 歌四
- 歌五
- 春
- なみだ
- つらつき
- 追分の歌
- わが愛する人々の歌
- 耐える歌
- 雪
- 歌ぐるま
- 横濱の伊勢佐木町一
- 横濱の伊勢佐木町二
- 水と太陽
- 心たのしく生きるために
- 南部鐵瓶工
- 箱根にて
- 關ヵ原
- 新しい美しさに輝く女の人たちに
- ほう丁とまな板の間から
- 春の花のつぼみのように
- 春
- 子守歌
- 建設の歌
- わが愛わ鬪いの中から
- 正々堂々隊伍を組んで
- はたらく者のダンスによせる歌
- 保土ヵ谷工場地帶におくる歌
- かおりたかく黄金色にかがやく歌
- 今日この頃の私の生きかたわ
- そのとき私わなんとかして出かけたい
- 白頭山の峰までも
- ひとつにつながるよろこびの歌
- 仕事の歌をうたおおよ
- ヒロヒトが退位にのぞんでよめる歌
- 道路工夫の歌
- 文學のとりでにおくる歌
・舟方一詩集
- 河(その二)
- 「詩精神」最終の日に
- 別れの歌
- あなたわ川崎で私わ横浜で
- 論難の激しさわ
- 十月の風に鳴つている
- たくあんの歌
- 監房詩集
- とうがらし(一)
- とうがらし(二)
- まわり灯ろう
- 面会
- てんけん
- トマト
- 官弁の歌
- 波
- なんとかいい歌いかたわないものか
- どぶろく詩集(一)
- どぶろく詩集(二)
- しかられて(どぶろく詩集三)
- バタヤのおじさんとおれの心に
- 生きる仕事のはじまりだ
- 自由労働者の歌
- 闘う日産の仲間たちに
- 春さきの風
- 十二貫八百の砂袋となつてまで
- ほどばしる乳のごとくにも
- ひものの歌
- 私の願い
・未発表詩篇
- 根岸春江さんへ
- それひとつでいい
詩集「わが愛わ闘いの中から」あとがき
跋文 遠地輝武
年譜
解説 松永浩介
あとがき