1988年5月、編集工房ノアから刊行された沖浦京子(1938~)の第2詩集。装画は川端清。刊行時の著者の住所は大阪府守口市。
第一詩集『移行』を出した頃、私はどこかへ行きたかったのはたしかなことでした。詩を書くことではない、どこか行為するところへ。でもそのどこかが、何処かわからなかったのも、怖かったのも確かなことでした。
あれから二十二年、年月とは何と残酷なことでしょう。結局どこへも行けず、自分の手から離そうともがいていた糸はもつれて手首をしめ、もう怖いものも怖いひともいない歳になってしまっているはずなのに、どういうわけか恐れだけが残ってしまいました。
すべからくしるべし
時光は空しくわたらず
人は空しくわたることを(正法眼藏随聞記・第四)
何と空しく私は時を過ごしてしまったことでしょう。けれども、たとえば、
「いったい人は、いつかは誰かを理解するものだろうか? そして自分自身のことも?」とシャルル・プリニエという人の本に書いてありましたが、<誰か>とか<自分>とかばかりでなく、この僕にはまるでもう<何か>或るただの<物><事>ぜんぶそのひとつひとつが、いったいいつかこの僕に触れることになるのだろうか、そしてその触れることにたすけられての、スーパーな愛しかたができるだろうかと心配です。(川西健介氏・手紙S・41)
というような、いまも私が折りにふれ自分に思い起こさせ、行動を律するまでに大切にしていることばや、ひとに出合うためには、私の空しさ――ついにどこへも行けなかった思いや、切ることの出来なかった糸や、子供じみた恐れが必要だったのだと思えるのです。
そしてこれからも、心にひびく美しいことばに出合うため、襟を正す優しいひとに出合うためには、この小さな詩集も何らかの役目を担ってくれるかもしれないと思っています。
(「あとがき」より)
目次
- 黒髪
- 残照
- 桜花
- きいろい蛇
- 応呼
- じょう
- ある転落
- 化身
- 六月
- あなたが死んでしまったことを
- 坂道
- 逢魔が刻
- 希望
- 母に
- 寒椿 (1)
- 寒椿 (2)
- 女友達
- さくら
- 悦ちゃん
- 男女
- 見舞
- 夜の凧
- 離れ
- ちち・はは
「解説」にかえて 角田清文
あとがき