スパナ 十亀弘史獄中句集

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 2001年9月、十亀弘史句集刊行委員会から刊行された十亀弘史(1944~)の句集。著者は横浜生まれの愛媛育ち。刊行時の著者は未決拘置者、住所は葛飾区小菅。

 

 俳句は、ひょっとしたら、独房に似ているかもしれません。俳句はわずか一七字の定型詩です。字面だけからいえば、極端に極小です。ところがそこにこそ、一種無限の広大さが現出してくるのです。
 どこかで読んだのですが、短歌は後半の七・七が冒頭へと戻り、従って円環をなして閉じられている構造なのだそうです。それに対して俳句は、円環を描きようのない短さのために、五・七・五の全体が大きく外界へと開かれるというのです。
 この対比には、とくに短歌好きの方からは強く異論も出るかと思います。しかし俳句が、そのぎりぎりの短さと厳しい制約の故に、かえってその狭い字面を離れて、閉塞よりも自由と広大無辺さを生み出してしまうという主張は、私には生きた弁証法を含んでいると思えてなりません。物事は、ある方向を極めると、いつでも躍動的に反対物へと転化するのです。
 それに、独房に閉じ込められ続けていると、全生活にわたる極度の制約が、かえって魂の自由や解放を生み出す場合があるという事実を、認めないわけには行きません。
 現在、他の二人の同志と共に私は、デッチ上げの公訴提起によって、すでに、まるまる十四年に近い未決拘置を強いられています。従ってもちろん、私への現状の勾留は、あらゆる意味で決して容認できるものではありません。
 ただ、独房生活そのものは、私に、逆説的に大いなる精神の解放をもたらしてもいるのです。そのような獄中における精神的解放については、歴史上の少なくない獄中体験者たちが書いた、獄中記や回想記やあるいは小説などの中で、しばしば目にすることができるはずです。
 実際たとえば、獄中者は、衣食住のために労働力を売り尽くすことから解放されています(ただし、下獄すれば直ちに奴隷的な労働を強いられてしまいますが)。また、世の中のほとんどあらゆる事物から隔離されているということは、一面において、それらの事物からの完璧な解放をも意味しています。大体、獄中では、その生活の最大限の限定性のために、こうすればああなるという〈必然性〉を極めて明確に認識することができるのです。そしてそうであれば、〈必然の認識〉をその本質とするはずの〈自由〉は、他のどこよりも獄中においてこそ、その翼をひろびろと広げているといってもいいのです。
 少し屁理屈じみてきたかもしれません。ただとにかく、独房はその狭さと抑圧によって、逆にたびたび、思いがけない魂の解放を生じさせてしまうのです。一方俳句は、たった十七字という短さといくつかの厳格な制約によってかえって無限定の広大な内容を含み込むことができるのです。両者はやはり、よく似ているといわなければなりません。
 ところで、私は愛媛県の出身です。子規、虚子、碧梧桐らを出した愛媛では、今でも俳句が盛んです。九一歳になった私の母も俳句結社の同人です。
 たたかいのために、それまでほとんど断絶状態だった両親との文通を、私は獄中で再開しました。そして一○年程前からは、私からの手紙に俳句を添えるようにしはじめたのです。それが、私の俳句への関りの最初でした。九五年に、やはり獄中で作句を続けていた小泉義秀同志と出会いました。
 それ以降は、句作りは小泉さんに励まされ、支えられ続けて来ています。
 今回のこの『句集』は、主に九六年以降の私の句から私自身が好き勝手に選び出したものを、小泉さんがまとめて下さったものです。従って当然に、全て独房で作ったものということになります。句自体は拙いという他にないものばかりですが、獄中の雰囲気や私の自然のとらえ方などが、読まれる方にいくらかでも伝われば、なにより幸甚に思います。
 もちろん、労働者としての私の生涯のテーマは、革命の実践の中にこそあります。俳句は、獄中の〈余暇〉の産物であり、楽しみ〉以上のものではありません。ただそれでも、努力を重ねていればいつかは、私の一七字も、先に述べたような大いなる解放をそこにたたえ得るようになるかもしれないと、そんな夢を見ないではありません。そして、うず高い駄作の山上に、革命への思いが無理なくしかしぴしりと結晶した、奇跡のような一句がふいに生まれ出はしないか……やっぱり、ただの見果てぬ夢かなあ。
 労働者階級のたたかいは一層熱く続いています。すざまじい多忙の中でこの一冊に目を通して下さった皆様、そしてそれを作り上げてくださった小泉義秀同志に、深く感謝致します。

二〇〇一年七月二九日、東京拘置所『新北舎』四階の独房にて

(「序にかえて――俳句と独房」より) 

 

目次

序にかえて――俳句と独房
「沖」主宰・能村研三先生より

ある俳人の鑑賞
「あとがき」にかえて 十亀トシ子
編集後記


関連リンク
迎賓館ロケット弾事件(Wikipedia)
十亀弘史同志、元気に出獄(前進)

 

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