1981年6月、文童社から刊行された田口義弘(1933~2002)の第1詩集。著者は平壌生まれのドイツ文学者。刊行時の職業は京都大学教養部勤務、住所は宇治市。
目次
- 分解した鳥たちが
- 天空へ落下する鳥たちの声
- 無人の浜辺の青空を映す
- 毀れた存在をついばむ
- 鋏草の縁から
- ふいにほのかに輝くものがあり
- 信号燈の上空に
- これは私の解くべき徴か
- 去年の声の夕空に凍る
- 花火の一瞬の凍結
- 変貌した季節の墓地で
- 遠い正午から生じた
- 心の未来に打寄せる海
- 幼い日の玩具の都市が埋もれる
- 夕空の裏側に生ずる海
- 分割された夢が
- 夢がいまや明るい
- 壁に描かれた女陰の
- 海辺のランプの放心の吐息
- 鏡のようにひび割れた石の空を
- しかし終末の星座を
- 悲しみの中心へと
- 死者への愛のため
- 渦巻く眩暈の宇宙のなかで
- 終末の紋章のように
- 漂流する小船の心を照らす
- 数限りない記号が
- いっさいの存在を貫く
- 公園の冷淡な金網に
- 輝きなきさまざまの声の
- あらわな踊りのなかで
- 幼くして死んだ子らのような
- 廃墟の水たまりの
- 未知の叫びの斜面に
- 夢想の尖端にふるえる
- 病舎の庭で鳩たちが
- 変容への希求が溶けこんだ
- 死に向かって傾いた断崖
- 魂の 病める夕陽
- 半島の浜辺の
- 幼児の顔がただひとつ
- 無数の雪片への仰視
- 予感の光はあたかも
- 視線の北限で
- 枯れた木立で 枯れた鳥たちが
- 影の 翳りの
- 夢はさまよう 虚ろな乳母車から
- すでに久しい聖堂の廃墟に
- 聖なる下僕らの眼の挨拶
- 時計のこわれた公園の
- 川べりの石碑のなかに立つ
- 荒野に捨てられた眼球たちが
- 凍結した夢想の林で
- 魂の翳った寒村
- 死者の力が打寄せる磯の
- 痛苦の光によって
- 砂は しかしただ浅く
- 老いた翔棘のあいだの
- ただ一羽の白い蝶の幻が
- 時の間隙のなかのまどろみ
- ひとつの不可視の海
- 回帰の光が白くきらめく
- 心痛の根を眠りのなかに
- 秋の過ぎゆく海辺の斜面
- 存在の優しい徴
- 光に照らされた 嵐のあとの海