獐鹿の歌 横塚光雄詩集

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 1977年12月、河出書房新社から刊行された横塚光雄(1915~1977)の遺稿詩集。

 

 学窓を出てから、内地と大陸の間を幾度か往復した。その間に後年の記憶の足しにと思い、忙中閑を利して詩作に耽った。これはそのうちで纏まったものの一部である。いささか類型的な詩型と、当時の環境上の条件が作用して意想に単純のきらいがないでもないが、当時の気分としてはこれ以上どうしようもなかったと考えている。二十年の歳月を閲し、これが自分の青春の記念碑だったかと思うといささか物侘びしい思いもするが、今改めて加筆訂正をすることをやめて、原文のまま眺めるのも、当時の一青年の感懐の一端を窺う資とするに足りるような気がする。戦時中、原稿を喪失したり焼失したりして、二十代の仕事を判らなくしたが、一昨年来誰が何の為にするのか原稿を次ぎ次ぎと持去られて、三十代の仕事の大半を失ってしまった。それでこの詩集の草稿も没後に遺児たちの思い出草の一端にもと筺底深く蔵していたが、出来ることなら活字にして残して置きたいと思い出した。
 この詩集が個人的意味のほかに一時代の象徴的意味をどれだけ持ち得るかについては、作者として語る筋合いではないけれども、これがすべて戎衣の間に生れたということだけが往時の日本軍隊の鉄の規律のうちにも個人の自由の達成し得る範囲のあったことを認め得られると思われる。ただしこれが限界で思想的自由は望み得べくもなかったけれども。明日を知らぬ命なれば、今日の美(うま)し命に最も純粋な意味を求めようと思いながら、職業詩人には立ち入れぬ条件に入り、素人詩人には達成し得ぬ境地によって生れたことに、佳什というにはいささか貧しいこの詩集の最大限の価値があるとしておきたい。
(「後記」より) 

 

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