1990年3月、詩学社から刊行された壁淑子(1935~)の第3詩集。装幀は田沢茂。
占領時代は終わったのに、「GIの胸に恋を語りつづける紅唇」という原風景がある。壁淑子の学校は、旧日本空軍病院で、校庭は有刺鉄線で囲まれていた。囲まれていたのは、日本の空と海も同じで、異国の歩哨に、異国語の通行証をみせて、病舎の教室で、デモクラシーの移植術を受けた。出血もなく、痛みもなく、呻き声もなく、手術は上首尾に終わるかに見えたが、ある日、校庭が陥没して、子供達は大地に吸い込まれ、校舎も傾くという事件が起きた。学校は、地下壕病舎の上に建っていたのだ。学校は難破船、タヌキの泥舟みたいなものだった。この状況をいまなお引きついでいるのではなかろうか。人生の森で、わが白雪姫は、小人の友達に出会うかわりに、難破船に乗り組んでしまったのである。
この間のいきさつは、「うらがえしのメルヘン」という作品によって知られる。いま、壁淑子は、砂の降る町に住みついている。有刺鉄線のかわりに、砂の雨にとじこめられている。砂の雨の晴れるのは、ほんとの雨が降る雨季だけであり、その他の季節は、不条理な砂とのたたかいにあけくれている。アングラ舞踏家田中泯に出会ったり、鎖につないだ愛犬の死を見送ったりの事件に彩られて、ノレンに腕押しの砂とのたたかいがつづく――。
この状況を政治風土に拡大すれば、”祖国の中の異国”ということにもなるであろう。アラゴン風の抵抗の意識ともかさなるのである。しかも安全な大地はないという確信に似た予感。そして第三部の内部の世界へみちびく。
「遁走」「水溜まり」「壁」「酊船」「泥船」などの作品タイトルが示すように、内部の危機が語られている。そしてときに、「ヒガンバナ」の狂い咲きもある。全体が灰色のトーンで黒がよく似合っているが、ランボオ風の酔いどれ船の情念は真紅だ!
(「酔いどれ船の情念/関根弘」より)
目次
Ⅰ
砂の降る町で
- 序章
- 舞踏
- 砂魔
- 雨季
- 状況
- 叙景
- 邂逅
- 弧形の海
- いけにえ
Ⅱ
- 野外雕刻展
- 黒い太陽
- うらがえしのメルヘン
- コスモス断章
Ⅲ
あとがき
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