1983年8月、村上数枝の私家版として刊行された村上菊一郎(1910~1982)の詩歌集。切り絵装画は金子静枝、構成は飯村和子。著者は広島県三原市生まれ、ボードレールの翻訳で知られるフランス文学者。
村上が亡くなって半年あまり過ぎ、ぼつぼつ遺品の整理に取りかかっておりました。たくさんの切り抜きの中に、「南果集」と名付けた数篇の詩稿を見つけました。これは村上が、西貢(サイゴン=現ベトナム、ホー・チ・ミン市)に、外務省書記生として赴任したおりの印象を詩ったものです。
私は、これに、古い私家版の「茅花(つばな)集」や、折々に雑誌に発表したもの等を加え、一周忌の記念にと思っておりましたところ、幸いにも卒業生の方々のご厚意により、一冊の本にまとめることができました。
昭和五十六年七月、タヒチ島への旅が最後の旅行となりましたが、何か村上と熱帯との因縁みたいなものを感じます。タヒチ旅行から帰って、夏が過ぎた頃から、愛用の自転車(退職記念に早大フランス文学会から贈られたもの)でサイクリングに出かけることもなく、どうしてか、一日中椅子に腰掛け、ぼんやりしている時間が多くなりました。
病魔の黒い影が急激に拡がって、最悪の事態になっていることを、本人も家族も知る由もありませんでした。入院後二週間で、脳の手術を受けましたが、体が丈夫でしたから、順調な回復ぶりを見せ、一同を安心させました。
ところが、三月に入って退院も間近いと思われる頃より病状は一変、下り坂となり、すべての希望は断たれました。七月二十一日は私達の金婚式に当たりますが、その頃にはもはや、何の反応も示さず、三十一日永眠を前に、魂は自然の懐へと旅立っていってしまいました。
(「あとがき/村上教枝」より)
目次
・『南果集』
・挽歌
- 島の祭
- 乳房
- 隔離病舍
- 展墓
- 潮流
- 挽歌
・『茅花集』より
- 春日感懐
- 曇天
- いわし雲の……
- 葡萄
・近詠十首 旅のつれづれに
あとがき
熱帯の花・抜粋
作品おぼえ書