詩人クリスティーヌ・ド・ピザン 沓掛良彦 横山安由美

 2018年9月、大和プレスから刊行されたクリスティーヌ・ド・ピザン詩集。編訳は沓掛良彦と横山安由美。アートディレクションは原耕一、デザインはせい。

 

 このほど大和プレス社長佐藤辰美氏の望外のご支援を得て、積年の夢であったクリスティーヌ・ド・ピザンの愛の詩とその生涯とを、わが国の読者の眼に供することができることとなった。これは訳者・執筆者である私たち両名にとって限りないよろこびである。中世フランスに咲いた大輪の「知性の華」であり、ヨーロッパ最初の女性職業詩人・作家として縦横に文筆を揮って活躍した女性でありながら、クリスティーヌはとの国では不思議なほど不運な詩人であり、「知られざる人物」であった。明治以来フランス文学は活発に翻訳紹介され、数多くの大作家・大詩人から三文作家・群小詩人に至るまでの数多くのフランスの文学者の作品が訳されて広く読まれてきたというのに、クリティーヌ・ド・ピザンだけはなぜか翻訳もほとんどなく、現在でもなお研究も積極的におこなわれているとは思われない。これは考えれば不思議、というよりもむしろ奇怪なことではなかろうか。(私たちの管見の及ぶかぎりでは、フランス本国でもクリスティーヌ・ド・ピザン研究はあまり活発ではなく、現在最も研究が進んでおり研究レベルも高いのはアメリカだと思われる)。
 フランス文学とりわけフランスの詩に関心を抱く者として、また中世フランス文学の研究者として、これはいかにも残念である。この傑出した女性詩人・文学者はもっとこの国でも知られてよい、そんな強い思いが私たち両名を衝き動かし、敢えてクリスティーヌの難解な詩の翻訳に挑み、その詩と人物像を描き伝えるととへと誘ったのである。「言霊(ことだま)の幸わう國」かどうかは知らないが、この国には詩人と呼ばれる、あるいは詩人をもって任ずる人々が無数にいるようである。詩を書く女性も実に多い。その人々にさえ中世フランスに知性の華を咲かせ、一四世紀から一五世紀にかけてフランス文学を彩ったこのすぐれた詩人の詩業・文業が知られていないのは惜しむに足ることである。詩にかかわるそんな女性たちに、このささやかな詩書を手にとっていただけたら心からうれしい。
 それに加えて、文筆をもって立ったヨーロッパ最初の女性詩人・作家として、圧倒的な男性社会にあって、一貫して中世人を支配していた「女性嫌悪(ミソジニー)」に対して敢然と筆を執り、それを体現していた当時の碩学ジャン・ド・マンを相手に一歩も引かず女性擁護の論陣を張ったのも、この傑出した女性であった。そういう存在としても、クリスティーヌはもっと知られてよいと思う。
 いずれにせよ、クリスティーヌの詩に心惹かれ、これを愛する者として、私たち両名は、いささかおぼつかない筆によってではあるが、ここに彼女の詩をよりすぐってわが国のことばに移し、その人間像と詩風をも紹介することができた。いかにもささやかな仕事ではあるが、訳詩に苦しみながらも、初めてクリスティーヌをこの国へといざない来るというよろこびもまたあった。いまそれが、こうして美しい装丁で一冊の詩書となったものを手にして感慨無きを得ない。そのよろびはまことに大きい。
 今回本書が世に出ることとなったのは、一重に大和プレスの佐藤辰美氏の御理解と、ご厚意によるものである。実業界に生きる人物でありながら、芸術・美術に造詣深く、古今の美しいものを愛し、世界有数のコレクターとして知られる氏は、出版人としても活躍され、美術書を中心に注目すべき書を世に送ってこられた。本書もまた、出版文化に深い理解を示される氏のそのような信念から生まれたものと信ずる。まともな本が全く売れず、出版文化が危殆に瀕している今日のわが国で、およそ多くの読者を見出しがたいと思われるこのような詩書を、採算を度外視してまで世に送ってくださる、その高い志に深く敬意を表したい。現代のマエケナスに厚く御礼申し上げる。
 また本書がこのような形で本になるにあたっては、大和プレスの鈴木美和さんに一方ならぬお世話になった。本書の企画から編集作業など、すべて彼女の尽力によるものである。あれこれと無理な注文を快く聞いてくださり、女性ならではの細やかな心遣いと、文学研究者としてのご自身の学問的良心をもって、本書作成作業に邁進してくださった。心から感謝する次第である。本書に詩書にふさわしい美しい衣装をまとわせてくださったデザイナーの原耕一さん、せいさんにも深く感謝している。
 最後になったが、クリスティーヌの研究文献の入手に関して、中世英文学の研究家である不破有理慶応義塾大学教授を煩わせるところがあった、ここに記して一言お礼を述べておきたい。
 ともあれ本書は私たち両名の手を離れて、読者のもとへと向かうこととなった。今はただ、ずっとこの国では不運だったクリスティーヌが、詩を愛する人々に快く迎えられんことを祈るのみ。
(「あとがき」より)

 


目次

はじめに 沓掛良彦/横山安由美

【百のバラード】 Cent Ballades

  • 一、六、一一、一四、一七、一八、二一、三三、三四、四一、 四七、五○、五三、五五、六七、六九、七九、八六、九五、一○○

【ヴィルレー】 Virelais

  • 一、一○

【風変わりなバラード】 Ballades d'estrange façon

  • 掛け合いのバラード

【ロンドー】 Rondeaux

  • 三、七、一一、二七、二九、三○、五二、五三、六二、六八

【その他のバラード】 Autres Ballades

  • 七、八、二六、三二、五三

【更なる他のバラード】 Encore Autres Ballades

【羊飼い娘の物語】 Le Dit de la Pastoure

  • バラード

【まととの恋人たちの公爵の書】 Le Livre du Duc des Vrais Amants

  • バラード(二篇)、ヴィルレー 一

【恋人と貴婦人の百のバラード】 Cent Ballades d'Amant et de Dame

  • 一、二、八、四六、五三、六一、六五、七九、九一、九二
  • クリスティーヌ・ド・ピザン小伝 沓掛良彦
  • クリスティーヌ・ド・ピザンの詩をめぐって 横山安由美

参考

文献一覧
あとがき 沓掛良彦/横山安由美


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