1977年11月、盛書房から刊行された新開ゆり子(1923~2004)の詩集。装幀は宇野文雄。著者は福島県原町生まれ、刊行時の住所は福島市渡利扇田町。
新聞ゆり子の詩は、彼女の名作「ひよどり山の尾根が燃える」「虹のたつ峰をこえて」の原流である事はあまり知られていない。
その詩集〝炎"は第十四回農民文学賞を受賞している。
この「新開ゆり子の詩」は“炎”を中心に〝草いきれ"それに「農民文学」に発表されたものから選出した。
この人には少年のように一人で歩き続けるところがある。例え自分を、人を傷つけていても……。そしてふと一人であることに気づいた時悲しさが直撃するのだろうか。
彼女の詩には“狼ロボ"のような激しさ、悲しさ、そして大きな優しさがある。
"炎""草いきれ"と二冊の詩集を自費出版した後、子どもに語りかける形式で、すぐれたドキュメンタリー風の小説を書き続けている。彼女の詩がやさしく、くだかれ、足を生やし子どもと共に歩き初めたのだろう。
大阪のある教師が小学校で四年生の子どもに東北の方言で書かれた「虹の立つ峰をこえて」を朗読したら、教室は水をうったように静まったと言う。東北の方言が、新開ゆり子の手で、より高度な文体に昇華されたことが証明されたと思われる。だから大阪の子どもにも理解されたのだろう。その原流が詩である。
この詩集には上っ面の面白さは全くないが農のあり方、腐敗し続ける土、女の性について一人の女のいきざまがある。私には懐かしい詩ばかりである。
この素朴な詩集が、浮び上ることをこばむ人びとに支えられ、新しい詩の運動の第一歩となることを願っている。
(「あとがき/盛善吉」より)
目次
- 炎
- 火焰
- わたしの阿修羅
- うずき
- 早春
- 落魄
- 孤独
- 秋と冬の間から
- 霜月夜
- 夕あかねの空の下で
- やさしく・しずかに
- 吼えろ アリラン
- 夜の甚五郎
- 女と戦争
- うす汚れっちまった反逆について
- 女ひとりの部屋
- 朝のひぐらし
- 転身
- かぜとの対話から
- サンタ・マリア
- ガンケの眼
- いびつにゆがんだ朱い月の出る夜
- かっこお鳥 啼ぐでば はあー
- 百姓の心
- 恐怖
- 百姓が百姓の顔をしていた頃
- 北限の米作農民
- 明治の女
- 雪山の呼び声
- おらだちの朝を生みだすために
- 記憶の月
- 「原爆の図」より
- 遮断機
- 埴輪の瞳がわたしを見ている
- 記憶の月
- わたしの戦後
- たより
- 余分に「未来を」お持ちの方へ
- 野のほとけ
- 松籟
- 祷り
- 奥会津の石仏から
- 日本列島改造論
- いつかでっかいおてんと様を
- 吐息
- 南無頓証菩提
あとがき